スペースシャトルが退役した今、ISSへ人を輸送するのはロシアのソユーズ宇宙船のみです。ソユーズ宇宙船は信頼できる宇宙機ですが、ISSへの手段が1つしかないと、万が一事故が起きた場合に対処できなくなります。実際に、コロンビア号事故のため飛行が延期されていたスペースシャトルの代わりに、ソユーズ宇宙船が人員輸送に使われましたよね。ですから、新しい有人宇宙船の開発はとても重要です。
スペースシャトル退役後、NASAはISSの運用は自ら行うけれど、地球低軌道への人や物資の輸送は民間から調達すると発表し、アメリカでは民間主導の宇宙輸送船の開発が進められています。一方、日本は「きぼう」という実験棟を作って、宇宙ステーション補給機「こうのとり」で物資輸送ができるところまで到達しました。次は、「こうのとり」に回収機能をつけることを目標としていますが、その先にある有人宇宙船はどうかと言うと、有人宇宙飛行に対する国の方針が決まっていない状況です。ですから今は、ISSに関連した技術の中で、有人宇宙船につながる要素技術を手にすべく研究をして備えているところです。
技術力の点で言えば、例えば「こうのとり」のランデブー・ドッキングの技術は世界的にも高く評価されていて、海外の会社もそれを手本にしています。アメリカで開発中の宇宙船の1つに、NASAと商業軌道輸送サービスの契約をしているオービタルサイエンス社の無人補給船「シグナス」があります。実はこの「シグナス」には「こうのとり」と同じ近傍通信システムが使われるんです。近傍通信システムとは、宇宙機をISSに誘導し、安全に結合させるための重要な通信装置です。「こうのとり」で実証されたことにより、オービタルサイエンス社はそのシステムを日本企業から調達しました。
その他にも、水や空気の再利用技術は日本の得意とする分野ですので、その技術を宇宙船のトイレなどの水処理や、空気再生装置の開発などに生かせる可能性があると思っています。
「きぼう」のロボットアーム(提供:JAXA/NASA)
ISSを本格的に利用する時代となり、ISSは2020年までの運用が決まっています。まず2015年までは、宇宙実験をしっかりとやって成果を出します。科学的な実験ではすでに成果が出始めていますが、これからどんどん成果が出ると思います。「きぼう」では科学実験のほか、文化・人文社会科学的な利用も行い、宇宙利用のすそ野を拡げたいと考えています。新しい利用法としては、2012年秋に、「きぼう」のロボットアームを使って小型衛星を放出する世界初の実証実験を行う予定です。
また2016年以降は、それまでの成果を踏まえて、ISSが有効に活用される分野に絞り込んだ利用活動を行いたいと思います。それに加えて、次期有人宇宙探査への協力に向けた技術実証の場としてISSを使おうということを、国際的に話し合っています。
次期有人宇宙探査について、アメリカは国際協力でやりたいと言っていますが、日本の場合は経済的な理由からも国際協力でなければできません。アメリカは日本の10倍を超える有人宇宙飛行予算がありますが、それでも足りないと言っているくらい有人宇宙探査には大規模な投資が必要です。それに宇宙は人類全体のフロンティアですから、本来的に国際協力で行うべきだと思います。
日本は「きぼう」や「こうのとり」で実績をあげ、ISSパートナーの中での日本の存在感を獲得し、宇宙先進国の一員としての地位を築いて来たと思います。これまでの投資に見合うものだと思いますし、技術蓄積も十分あります。ここまでやってきて止めるというのはないでしょう。国として一定の投資をするとの判断をしていただけると期待しています。継続することが大事です。
日本人が控え目なのは国民性ではありますが、日本の宇宙技術は世界トップクラスだと自負していいのではないでしょうか。日本はもっと自信を持って、次の国際的な取り組みにも積極的に参加するべきだと思います。
JAXA有人宇宙環境利用ミッション本部 国際宇宙ステーションプログラムマネージャ
1973年、三井造船株式会社に入社し船舶の設計に従事。1986年、宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)に移り、「きぼう」の予備設計、基本設計、国際調整担当を経て、1994年、「きぼう」の運用準備を担当。2001年、ヒューストン駐在員事務所所長。2005年、セントリフュージプロジェクトマネージャ。2006年、JEM運用プロジェクトチーム サブマネージャを経て、JEM運用技術センター長。2010年4月より現職。