寄附金の種類
JAXAでは3種類の寄附金を用意しています。寄附者は個人、法人を問いません。
宇宙育ちのタンパク質結晶で創薬に貢献
©JAXA |
「きぼう」の微小重力環境では、高品質なタンパク質結晶を作ることができます。これを地球に持ち帰って解析することで、タンパク質の形が精密にわかり、その機能を調整する薬の開発に役立てることができます。これまでに、人工血液の開発や筋ジストロフィーなどの新薬デザインに貢献してきました。 |
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私たちの目指すこと
アドレナリン分子を認識して、心拍数や血圧を上昇させる働きをもつ膜タンパク質複合体。作動薬は、血管を拡張させることで血液循環を改善する効果をもつ。 |
これまでJAXAでは、10年以上にわたって「きぼう」でのタンパク質結晶生成実験を継続してまいりました。単純に宇宙で結晶化させるだけでは、良い成果は得られず、事前の予備検討や綿密な準備が非常に重要であることが分かってきました。よりよい成果につなげるため、チームメンバーは日々、結晶化方法の改良や結晶化容器の開発に取り組んでいます。 |
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宇宙実験に用いる結晶化容器
通常、宇宙実験に用いる容器と、その中に入れるタンパク質を充填したガラス管です。
結晶化方法
カウンターディフュージョン法の結晶化の仕組み |
カウンターディフュージョン法という宇宙実験に適した結晶化方法を用いています |
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©JAXA |
Profile 岩田 茂美 東京都出身。製薬会社の研究員を経て、JSTのプロジェクトや大学で研究に携わっていた。専門は膜タンパク質の結晶構造解析を用いた構造研究。2015年から高品質タンパク質結晶生成実験の担当としてJAXAに入社、現在にいたる。 |
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—「タンパク質結晶」とはどのようなものですか?
タンパク質は私たちの生命活動を支える重要な分子です。体内でタンパク質生成のバランスが崩れたり、正常な機能を発揮できないようなタンパク質が作られたりすると、身体の不調となって症状や病気として現れます。タンパク質の構造はその機能と密接に関係するので、構造を調べることでそのタンパク質がどのような性質を持って機能するのかが分かります。そして、構造を元にそのタンパク質の働きを邪魔したり、機能を促進したりする物質を見つけることができれば、そのタンパク質の異常が原因で起こる病気を治療する薬の候補となります。
では、肝心なタンパク質の構造の調べ方ですが、タンパク質の分子はとても小さく直接見ることができないため、タンパク質を純度良く精製して結晶を作り、その結晶にX線を当てて構造を解析する技術を適用します。すると、タンパク質分子の形を原子のレベルまで調べることができます。ISSではこの結晶作りを行っています。
—タンパク質の結晶化を宇宙で行う意義は何ですか?
微小重力下で結晶化を行えるということです。
タンパク質の構造を調べる際に結晶の品質がとても重要です。結晶の品質が良くないと、どんなにその後のプロセスを頑張っても結晶の構造がよく見えなくなってしまいます。
地上では重力があるので溶液が容器の中で対流してしまい、常に液が動いてしまうので良い結晶を作ることが難しいのですが、宇宙空間では重力がないため対流が起きないので、地上よりも良い結晶を得ることが可能となります。
—宇宙で作ったタンパク質結晶から、これまでに得られた成果を教えてください。
筋ジストロフィー※1の進行を抑える薬の開発があります。筋ジストロフィーの原因になるタンパク質と化合物の複合体の構造をいくつも解いている中で得られた情報をもとに製薬会社が薬を開発して現在第Ⅲ相試験※2に進んでいます。
加えて、歯周病の薬の開発に向けた研究開発を進めており、薬になる可能性の高い物質が見つかり始めています。最近では、歯周病が心臓病やガンに関わっている可能性を示す研究データが蓄積されてきているので歯周病の薬の開発も注目され始めています。
薬を開発するのは企業や大学ですが、私たちはその活動に貢献しています。
創薬のプロセスは10年~20年近い長期的なスパンであり、タンパク質の構造を調べることは上流、つまり最初の段階の作業です。明らかにできた構造情報を基にした薬が実際に使用されるのはずっと先かもしれないし、結局は薬にはならないこともあるのですが、前述のように様々な薬の候補となる物質が見つかるとやりがいを感じます。
※1 骨格筋に発現する遺伝子の変異・発現調節異常により、蛋白の喪失・機能異常が生じ、筋細胞の正常な機能が破綻して変性・壊死に至る。骨格筋障害に伴う運動機能障害を主症状とする。発病に至る分子機構については十分に解明されておらず、根本的な治療法はない。
※2 第Ⅰ相、第Ⅱ相試験で得られた薬の有効性・安全性を大勢の患者によって確認する検証的試験。
—タンパク質結晶化実験において、岩田さんが主に担っている業務を教えてください。
私はタンパク質の種類の中でも膜タンパク質を取り扱って研究を行っています。
膜タンパク質とは、人の細胞の膜などに入っているタンパク質で、体内に多数存在しています。膜タンパク質は物質や情報の伝達を行っていて、身体機能の調節作用があるため、膜タンパク質の約半分は薬剤のターゲットになっていると言われています。例えば、血圧を下げる薬や糖尿病の薬、花粉症の薬などは全て膜タンパク質に薬が結合してその膜タンパク質の作用を邪魔することで効果を出しています。そのため、膜タンパク質の構造を知ることは、創薬という観点からも身体について知るという観点からも重要です。
ただ、膜タンパク質は取り扱いが難しく、結晶になりにくいので、あまり多くの構造が解明されていません。そこで、私たちのチームは膜タンパク質に適した精製の仕方や結晶化の方法、どのように宇宙実験に適用させるかといったことを考えています。
—研究において面白いことや嬉しかったことがあれば教えてください。
宇宙から戻ってきたタンパク質の結晶が予想以上に良かったときや、その結晶から良いデータが取れて成果につながった時はとても嬉しいです。
宇宙実験は年に数回しか機会がないので、実験に向けて準備は入念に行っているものの、タンパク質はとてもデリケートで少しの環境や取り扱いの違いで結果が変わってしまうため、宇宙から戻ってきたタンパク質の結晶を観察する時はいつもドキドキしています。
—では一方で、研究で苦労したことはありますか。
ロケットでISSに打ち上げる際、直前の準備は射場近くの実験室を使用するのですが、いつもと違う場所で毎回やることが違うといった慣れない環境で試料を扱うのには苦労します。試料の量も限られているので失敗できないと思うと毎回緊張します。
以前、失敗してしまったことがあり、その直後はパニックになってしまいました。チームのメンバーに食事に連れて行ってもらい、時間をおいて気持ちを落ち着かせてから予備の試料でリカバーすることができました。
他には、私たちが準備している実験室のすぐ近くの別の実験室から火事が出て建物から避難することになり、準備が間に合うか心配しながら外で長いこと待っていたという出来事もありました。
—集まった寄附金はどのように使用されますか。
結晶化に使用する特殊な容器の開発に使用したいと考えております。
宇宙で使用する容器は地上で使用する容器とは異なり、ロケットでの輸送に耐えられることや重力の影響がほとんどないため液が飛び出さない密閉性が重要であることなど宇宙環境下ならではの求められる条件があります。見た目はシンプルでも、これまでの経験や工夫が詰まっています。
膜タンパク質を宇宙でより良い品質で結晶化して地上へ返すことができるよう、皆様からのご寄附を使って容器の改良を行っていきたいと思います。
—寄附者の方々へメッセージをお願いいたします。
タンパク質実験はイメージしにくいところもあるかと思いますが、10年以上続いていること、創薬や学術研究に役立っているという点にこのミッションの重要性を感じていただけたらと思います。
タンパク質実験だけでなく、きぼう日本実験棟での様々なミッションに興味を持って応援していただけたら嬉しいです。