国際宇宙ステーションでのタンパク質結晶生成実験結果から、
タンパク質やペプチドを栄養源とする歯周病原因菌の生育に重要な
ペプチド分解酵素 DPP11の立体構造および基質認識機構を解明
~新たな歯周病治療薬の開発に期待~
平成27年6月10日
学校法人 岩手医科大学
学校法人 昭和大学
国立大学法人 長岡技術科学大学
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
ポイント
- 国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟での高品質タンパク質結晶生成実験を通じて、世界で初めて、歯周病原因菌の生育に重要なペプチド分解酵素DPP11の詳細な立体構造を明らかにしました。
- 得られた構造から、歯周病原因菌がDPP11を使って、病原菌の外側から取り込んだエネルギー源をどのようにして吸収できる形に変換しているかを解明し、歯周病の治療薬開発につながる重要な知見を得ました。
- この研究成果を通じて、歯周病原因菌だけでなく、タンパク質やペプチドを栄養源とする糖非発酵性病原菌に対する新たな抗菌薬開発の進展も期待できます。
岩手医科大学薬学部の阪本泰光(さかもと やすみつ)助教と昭和大学薬学部の田中信忠(たなか のぶただ)准教授、長岡技術科学大学工学部の小笠原渉(おがさわら わたる)准教授、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)太田和敬(おおた かずのり)主任開発員らの研究グループは、国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟(用語1)において歯周病原因菌の生育に重要なペプチド(用語2)分解酵素 DPP11の高品質な結晶を生成させ、X線を利用した構造解析法によって立体構造を世界で初めて明らかにしました。得られた構造からは、歯周病原因菌がこのDPP11を使って菌の外側から取り込んだエネルギー源(ペプチド)をどのようにして吸収できる形(ジペプチド)に変換しているか(ペプチドの分解機構と基質認識機構)を解明することができました。歯周病は、世界中で最も感染者数の多い感染症であり、口腔疾患にとどまらず、糖尿病、動脈硬化などの全身疾患に関与することが知られています。歯周病原因菌生育のエネルギー吸収に重要な役割を果たすDPP11の働きを知ることは、歯周病治療薬の開発につながる重要な知見となります。この成果は昨年発表したファミリーS46酵素として世界で初めて構造解析に成功したDAP BIIの研究に続く成果で、歯周病治療薬や新規抗菌薬の開発に向けた重要なステップとなるものです。
歯周病の原因菌であるPorphyromonas gingivalisは、タンパク質やペプチドを栄養源とする糖非発酵グラム陰性細菌(用語3)の仲間です。この歯周病原因菌が作り出すタンパク質やペプチドを分解するDPP11という酵素の働きを知ることによって、糖非発酵グラム陰性細菌に対する薬の開発につながる可能性があります。
本研究成果は、6月9日18時(日本時間)に雑誌:「Scientific Reports 」(Nature Publishing Group) DOI: 10:1038/srep11151
論文名:"Structural and mutational analyses of dipeptidyl peptidase 11 from Porphyromonas gingivalis reveal the molecular basis for strict substrate specificity"として掲載されました。
本研究の意義
現在、抗菌薬として用いられている多くの薬剤が効果を発揮する仕組み(作用機序)は、タンパク質合成阻害、ペプチドグリカン生合成阻害、βラクタマーゼ阻害、細胞壁合成阻害、DNA合成阻害に分類されます。これらの抗菌薬は、病原菌に特有なメカニズムや構造を持つ生体分子(標的分子)に対して作用しますが、これらの抗菌薬が効かない耐性菌の出現が大きな問題となっています。このような耐性菌への対策には、抗菌薬を適正に使用して耐性菌の出現を防ぐ以外に、これまでと異なる作用機序を持つ抗菌薬の開発が必要です。本研究では、糖非発酵グラム陰性細菌である歯周病原因菌や多剤耐性菌の多くが糖などの炭水化物の代わりにタンパク質やペプチドを分解して得られたアミノ酸を主たる栄養源とすることに着目しています。これらの細菌の内膜は、アミノ酸単独ではなく、アミノ酸が2個連なったジペプチドを選択的に透過するため、ペプチドを分解してジペプチドを作り出す酵素(ジペプチジルアミノペプチダーゼ)であるDPP11やDPP7といった細菌にのみ存在する酵素が細菌の生育や増殖に不可欠です(下図)。そのため、これらの酵素の働きを阻害する化合物は新たな抗菌薬となる可能性があります。近年の医薬品開発にはタンパク質の立体構造に基づく創薬(SBDD:Structure-Based Drug Design)という手法が用いられます。例えば、抗インフルエンザ薬のタミフルはインフルエンザウイルスが作り出すノイラミニダーゼというウイルスの増殖に重要な酵素の立体構造をX線結晶構造解析で明らかにして、その立体構造を基に酵素の働きを妨げる化合物を設計・開発されました。このように、SBDDによる創薬には、標的分子の立体構造の解明が不可欠です。
本研究では、糖非発酵グラム陰性細菌の外部からの栄養源の取り込みに必要なタンパク質のうち、歯周病原因菌や多剤耐性菌のような糖非発酵グラム陰性菌のみが持つファミリーS46ペプチダーゼという仲間に属する一連のタンパク質の中で重要な働きをもつタンパク質(DPP11)の立体構造解析に成功しました。ファミリーS46の重要なタンパク質として、DPP11とDPP7が知られており、昨年報告したDAP BIIはこのDPP7と類似していることから、これまでの成果で既にファミリーS46の2つの重要なタンパク質の立体構造を明らかにしたことになります。
本研究成果により、これまでの抗菌薬と異なる新たな作用機序に基づく歯周病原因菌や多剤耐性菌に対する抗菌薬や、歯周病の症状を改善する治療薬の開発が期待できます。
研究成果の概要
歯周病原因菌DPP11の立体構造の解明 |
図1: DPP11の全体構造 |
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「きぼう」日本実験棟での結晶化とその成果 |
図2:DPP11の電子密度図(左:2.46Å、右1.66Å)とカリウムイオン(紫) |
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宇宙結晶による分解能の向上による成果 |
図3:DPP11にジペプチドが結合した予測構造 |
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創薬に向けた展開について |
研究の実施体制について
本研究は、岩手医科大学薬学部構造生物薬学講座(主任教授:野中孝昌(のなか たかまさ)の阪本泰光助教を代表とするJAXAの高品質タンパク質結晶生成宇宙実験の一環として行われ、ISS「きぼう」日本実験棟で結晶化することで、結晶品質が大幅に改善しました。この宇宙実験で得られた高分解能のデータは、DPP11のペプチド分解機構と基質認識機構の解明に大きく貢献しました。今後、他の微生物DPP やDPPに結合する化合物等との複合体についても宇宙で結晶化を行い、創薬に向けた取り組みを続けていく予定です。
また、本研究は昭和大学薬学部の田中信忠准教授、長岡技術科学大学工学部の小笠原渉准教授、JAXA太田和敬主任開発員らとの共同研究により行われ、私立大学戦略的研究基盤形成事業、科学研究費補助金、創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業の支援により行なわれました。
データ収集は、高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリー(つくば)、大型放射光施設のSPring-8(播磨)を利用して行われ、X線結晶構造解析による立体構造解析にはそれらの利用が不可欠でした。
用語解説
1. 国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟:
地上約400km上空に建設された、人類史上最大の宇宙施設である国際宇宙ステーション(ISS)にある日本初の有人実験施設。船内実験室と船外実験プラットフォームの2つの実験スペースからなり、微小重力環境や宇宙放射線などを利用した科学実験、宇宙空間を長期間利用する実験や天体観測・地球観測が行われています。
2. ペプチド:
アミノ酸とアミノ酸が2個から数十個つながった化学物質で、タンパク質の分解過程で作られる他、ホルモン、神経伝達物質、抗菌物質などさまざまな機能を持つ分子として生体内で重要な役割を果たしている。歯周病原因菌はこのペプチドをタンパク質を分解することで生成し、栄養源としている。
3. 糖非発酵グラム陰性細菌:
細菌の性質に応じた分類の一つで、デンプンなどの炭水化物、ブドウ糖を分解してエネルギーを得る大腸菌などの細菌は発酵性細菌に分類され、タンパク質やペプチドを分解してエネルギーを得る細菌が糖非発酵グラム陰性細菌に分類されます。本研究で着目しているS46ペプチダーゼを持つ代表的な糖非発酵グラム陰性細菌には、歯周病原因菌のPorphyromonas gingivalis, Porphyromonas endodontalisや多剤耐性菌のStenotrophomonas maltophiliaなどがあります。
4. Å(オングストローム):
100億分の1メートル(10-10 m)。最も小さい原子である水素の半径が1.2 Å。