温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)による
メタン観測データと人為起源排出量との関係について
平成27年11月27日
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
国立研究開発法人国立環境研究所
環境省
温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT(ゴーサット))は、環境省、国立研究開発法人国立環境研究所(NIES)及び国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が共同で開発した、世界初の温室効果ガス観測専用の衛星であり、平成21年1月23日の打上げ以降、現在も観測を続けています。
今般、平成21年6月から平成24年12月までの3年半に取得された「いぶき」による観測データを解析した結果、人口密集地域、大規模な農業地域、天然ガス・石油の生産・精製地域等の人為起源メタン排出地域で周辺よりもメタン濃度が高いことがわかりました。さらに、「いぶき」で観測された人為起源メタン濃度と排出量データ(インベントリ)から推定された人為起源メタン濃度との間に強い正の相関関係があり、「いぶき」は人間活動によるメタン排出に伴う濃度上昇を検出できる可能性が高いことがわかりました。
この結果により、「いぶき」は人為起源メタン排出量(インベントリ)の監視・検証ツールとして有効利用できる可能性があることがわかりました。
1. メタンとは
メタン(CH4)は温室効果ガスの一つであり、二酸化炭素に続いて2番目に温室効果の寄与があります。発生源は天然ガスの漏出、反芻動物である家畜の飼育、稲作、ごみの埋め立て等の人間活動によるもの(「人為起源」のもの)が約6割であり、残りは湿地等の「自然起源」のものです。メタンの大気中の寿命は他の主要な温室効果ガスに比べ短く、約12年とされています。
メタンの大気中濃度は人為起源による排出量増加により産業革命前に比べて2.5倍に増加しました注1。このため、今後世界各国が地球温暖化対策を強化するにあたって、人為起源のメタン排出量を精度良く評価することは非常に重要となります。
2. 「いぶき」(GOSAT)による人為起源メタン濃度データの求め方
「いぶき」は地球の全大気のメタン観測を行っている世界で唯一の現行衛星であり、高い精度を持つことが既に示されています。「いぶき」により観測されるメタン濃度は、「人為起源」のメタン排出による影響に加え「自然起源」のメタン放出による影響を含む濃度です。このため、「いぶき」により観測されるメタン濃度から、人為起源メタン排出の影響に関する情報のみを抽出するには、以下のように求める必要があります。
人為起源メタン濃度 =「いぶき」のメタン観測データ - 自然起源メタン濃度
今回は「いぶき」による濃度観測データから人為起源メタン濃度を、以下の3段階の手順によって求めました。
- 1) 人為起源メタン排出量データ(各種の排出カテゴリデータに基づく排出インベントリ)注2と大気輸送モデルを用いて、「人為起源」のメタン排出によるメタン濃度の時空間分布を推定します。
- 2) この推定濃度分布を基に、「いぶき」によるメタン濃度観測データを、「人為起源」のメタン排出の影響を受けているデータと受けていないデータとに分類します。
- 3) 「人為起源」のメタン排出の影響を受けている各観測地点のデータから、その周辺で影響を受けていないデータの平均値を差し引くことにより、人為起源メタン濃度を見積もります。
注1) | WMO Greenhouse Gas Bulletin, No.11, November 2015( http://library.wmo.int/pmb_ged/ghg-bulletin_11_en.pdf ) |
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注2) | ある期間内に特定の物質(大気汚染物質や有害化学物質)がどこからどれくらい排出されたかを示す統計量データ。温室効果ガスインベントリはその一種で、二酸化炭素やメタンなど地球温暖化の原因となるガスの排出量や吸収量を、排出源・吸収源ごとに示すもの。 |
3. 「いぶき」による人為起源メタン濃度の推定結果
3.1 大気輸送モデルと「いぶき」観測データとの比較
2にて求めた人為起源メタン濃度の全球分布を図1に示します。図1(a)は、「いぶき」観測データから推定された濃度で、図1(b)は、2の手順1にて求めた排出インベントリ等から推定された濃度です。両者の人為起源メタン濃度の高かった地域は良く一致しており、主に、大都市地域、天然ガス・石油の生産地域、および大規模な農業地域で濃度が高くなっています。
図1 | (a) | インベントリ等による人為起源メタン濃度が3 ppb以上と考えられる観測地点における「いぶき」観測データから推定された人為起源メタン濃度(濃度の増加分)分布(1°×1°グリッド平均)。 |
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(b) | 図1(a)の「いぶき」観測地点におけるインベントリ等による人為起源メタン濃度分布(1°×1°グリッド平均)(平成21年6月~平成24年12月)。 各計算グリッドで「いぶき」の観測数が4以上ありグリッド中心でのインベントリ等による人為起源濃度平均値が3 ppbを超えるグリッドについて表示した。色により人為起源メタンによる濃度増加分の値を示す。 |
図1(a)中に黒の四角で示す4つの地域(アジア、北アメリカ、南アメリカ、北ユーラシア)の拡大図を図2に示します。
図2 | 「いぶき」による人為起源メタン濃度(ppb)の(a)アジア(東経60~150度、北緯10~60度)、(b)北アメリカ(西経60~130度、北緯10~50度)、(c)南アメリカ(西経40~70度、南緯10~40度)、(d)北ユーラシア(東経30~100度、北緯45~70度)における分布(1°×1°グリッド平均)。 |
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図2の各地域内に示した領域1~7に関する特徴を表1に示します。
地域 | 番号 | 国:主な都市,州 | エネルギー・(産業・輸送・住宅) | 農業(家畜・稲作) | ごみ処理 | 領域内の1度グリッド平均の人為起源CH4濃度の最大値*) |
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(a)アジア | 1 | 中国:成都、重慶 | ○ | ○ | ○ | 81.2 ppb |
2 | インド:カルカッタ、メガラヤ州 バングラデッシュ:ダッカ |
○ | ○ | ○ | 54.0 ppb | |
3 | パキスタン:ラホール | ○ | ○ | ○ | 58.1 ppb | |
領域1~3の特徴 | 人口密度が高く、農工業が盛んなうえ、周辺の山脈により風の流れが妨げられやすいことによる影響が高いと考えられる。 | |||||
(b)北アメリカ | 4 | アメリカ:ピッツバーグ、ニューヨーク | ○ | 22.0 ppb | ||
5 | アメリカ:サンフランシスコ、ロサンジェルス | ○ | ○ | ○ | 33.7 ppb | |
領域4~5の特徴 | 人口密度が高く、工業地帯や農業などの影響が高いと考えられる。 | |||||
(c)南アメリカ | 6 | ブラジル:カンポ、パンタナール地方 | ○ | ○ | ○ | 42.6 ppb |
領域6の特徴 | 広い領域にわたって農業(耕作や畜産)等による影響が高いと考えられる。 | |||||
(d)北ユーラシア | 7 | ロシア:スルグート | ○ | 35.0 ppb | ||
領域7の特徴 | 天然ガス・石油の採掘や天然ガスパイプラインの影響が高いと考えられる。 |
○は、該当すると思われる高濃度の人為起源メタンの要因を示す。
*)数値は暫定値である。(平成21年6月~平成24年12月の間で4個以上「いぶき」観測データがあり、かつその観測地点のインベントリ等による人為起源メタン濃度が3 ppb以上と考えられる観測地点の1°×1°グリッド平均を集計した。)
3.2 地域別の解析結果
排出インベントリ等による人為起源メタン濃度と「いぶき」観測データから推定された人為起源メタン濃度との関係を調べるため、全球及び図2に示す4つの地域内について、排出インベントリによる人為起源メタン濃度を1 ppbごとの刻みで区分し、区分ごとに対応する個々の「いぶき」観測データから求めた人為起源メタン濃度の平均値を図3に示します。
図3 | 排出インベントリから推定した人為起源メタン濃度と「いぶき」観測データから推定した人為起源メタン濃度の関係。(a)全球、(b)アジア、(c)北アメリカ、(d)南アメリカ、(e)北ユーラシア。排出インベントリによる人為起源メタン濃度を1 ppbごとに区分し、各区分に対応する個々の「いぶき」の観測データに基づく人為起源メタン濃度の平均値(●)とその標準誤差(各●に付与されている縦棒)を示した。 |
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図3より主に以下のことがわかります:
- 「いぶき」による人為起源メタン濃度と排出インベントリ等による人為起源メタン濃度はそれぞれの領域で高い相関関係が認められる。
- 全球平均では両者の値は良く一致している。
- 北アメリカ、北ユーラシアでも良く一致している。
- 一方で、アジア、南アメリカでは「いぶき」による人為起源メタン濃度が排出インベントリ等による人為起源メタン濃度より大きい値となっている。これは、排出インベントリデータが過小、あるいは大気輸送モデルや解析方法の誤差の可能性を示している。
以上より、「いぶき」は人間活動によるメタン排出に伴うメタン濃度の上昇を検出できる可能性が高いと言うことができます。
4. 今後の予定
今回の結果は、「いぶき」や将来の衛星によるメタン濃度観測値が、人為起源メタン排出量(インベントリ)の監視・検証として有効利用できる可能性があることを示しています。今後さらに、人為起源メタン濃度の推定精度を高めるために、より高頻度で多数の衛星データを利用して調査・研究・解析を進める予定です。また、衛星によるメタン濃度観測値から人為起源のメタン排出量をより正確に推定するために、より高精度なモデル数値実験や排出量インベントリの改良研究やその評価に取り組む予定です。そして、これらの成果を平成29年度をめどに打上げ予定の「いぶき後継機」(GOSAT-2)に応用し、地球温暖化対策の促進に貢献していきます。
(参考文献)
- 「いぶき」によるメタン観測精度について
Yoshida, Y., et al.: Improvement of the retrieval algorithm for GOSAT SWIR XCO2 and XCH4 and their validation using TCCON data, Atmos. Meas. Tech., 6, 1533-1547, 10.5194/amt-6-1533-2013, 2013. - 排出インベントリデータについて
人為起源メタン濃度を推定するために、人為起源メタン排出量に関するEDGAR v.4.2 FT2010インベントリデータ(http://edgar.jrc.ec.europa.eu/)を使用。詳しくは以下を参照。
Janssens-Maenhout G, et al.: a Harmonized Gridded Air Pollution Emission Dataset Based on National Inventories. Ispra (Italy): European Commission Publications Office; 2012. JRC68434, EUR report No EUR 25 299 - 2012, ISBN 978-92-79-23122-0, ISSN 1831-9424.
水田からのメタン排出量はVISITモデルにより推定。VISITモデルについては以下を参照。
Ito, A. and Inatomi, M.: Use of a process-based model for assessing the methane budgets of global terrestrial ecosystems and evaluation of uncertainty, Biogeosciences, 9, 759-773, doi:10.5194/bg-9-759-2012, 2012.