台風の強風予測を改善
-もしも静止気象レーダ衛星があったら-
2021年(令和3年)7月7日
国立研究開発法人理化学研究所
国立大学法人弘前大学
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
理化学研究所、宇宙航空研究開発機構、弘前大学等の国際共同研究グループは、静止気象レーダ衛星の有効性を示す研究を実施してきました。熱帯降雨観測衛星搭載降雨レーダ(TRMM/PR[1];1997年11月打上げ)及びGPM主衛星[2]搭載二周波降水レーダ(GPM/DPR[3];2014年2月打上げ)で培った、日本が保有する世界で唯一の衛星降水レーダ技術により、宇宙から台風の内部構造を観測することができます。本研究では、それを発展させるミッションとして、仮想的に30メートル四方のレーダアンテナを静止衛星[4]に搭載して常時観測した場合の有用性を評価し、台風による強風の予報が改善されることを新たに示しました。
大雨や強風などに備えるには、高精度の気象予測が有効です。そのためには、観測を強化し、得られるデータを高度に活用して、シミュレーションによる気象予測を向上させることが重要です。予測向上にどのような観測がどの程度有効であるかを事前に評価できれば、効果的な観測システムの設計に役立ちます。特に、人工衛星は開発や運用に大きな費用がかかるため、そのデータの有効性を事前に評価し、設計に役立てることは極めて有益です。
このような目的で、仮想の観測システムをシミュレーションして数値天気予報への有効性を評価する研究手法を「観測システムシミュレーション実験(OSSE)[5]」と呼びます。本研究では、このOSSEの手法を活用することで、静止気象衛星に気象レーダを搭載した新しい観測システムの有効性を検討しました。
今回、国際共同研究グループは、スーパーコンピュータ「京」[6]およびスーパーコンピュータOakforest-PACS[7]を使ってOSSEを実施しました。具体的には、まず2015年で最強の台風第13号(アジア名Soudelor)の大気状態を数値化しました。次に、周回衛星用(TRMM/PRやGPM/DPR)の衛星データ・シミュレータを静止衛星用に改良・発展させ、静止気象レーダ衛星から観測した場合のデータをシミュレーションしました。その結果、静止気象衛星に気象レーダを搭載することで、台風による強風の予測が改善できることを定量的に確認しました。本研究成果により、静止軌道から降水を常時観測することの有用性が明らかになり、地球規模の温暖化により脅威を増す台風の予測精度向上や被害軽減に向けた新しい衛星観測システムの提案に繋がるものと期待できます。詳細は別紙参照。
本研究は、科学雑誌『Journal of Advances in Modeling Earth Systems』オンライン版(7月6日付:日本時間7月7日)に掲載されます。
https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2020MS002332
外部リンク
別紙
※国際共同研究グループ
研究支援
本研究は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)委託研究「次世代衛星搭載降水レーダデータの気象予報データ同化手法の開発(代表研究者:三好建正」、JAXA第7回降水観測ミッション「TRMM/GPM降水観測データのアンサンブルデータ同化(研究代表者:三好建正)」、JAXA第8回降水観測ミッション「GPM観測のデータ同化の高度化(研究代表者:三好建正)」、JAXA第2回地球観測研究公募「GPM観測データ同化による降水予測アルゴリズムの高度化(研究代表者:三好建正)」、科学技術振興機(JST)戦略的創造研究推進事業AIP加速課題「ビッグデータ同化とAIによるリアルタイム気象予測の新展開(研究代表者:三好建正)」、JST CREST[人工知能]イノベーション創発に資する人工知能基盤技術の創出と統合化「オンデバイス学習技術の確立と社会実装(研究代表者:松谷 宏紀、主たる共同研究者:三好建正)」、JST国際科学技術共同研究推進事業戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)レジリエントな社会のためのICT「先進ICTを用いた淡水生態系復元力の監視(研究代表者:熊谷道夫、主たる共同研究者:三好建正)」、「ポスト「京」で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題に関するアプリケーション開発・研究開発」重点課題「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化(研究代表者:高橋桂子、担当責任者:三好建正)」「富岳」成果創出加速プログラム「防災・減災に資する新時代の大アンサンブル気象・大気環境予測(研究代表者:佐藤正樹、協力機関分担者:三好建正)」、研究教育拠点(COE)形成推進事業「複数の災害リスク評価に基づく都市計画に資する災害科学研究(研究代表者:富田浩文、研究分担者:三好建正)」「異なる時間スケールを考慮したレジリエント社会形成に資する計算科学研究(研究代表者:大石哲、研究分担者:富田浩文、三好建正)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(S)「あかつきデータ同化が明らかにする金星大気循環の全貌(研究代表者:林祥介、研究分担者:三好建正)」、理研内新領域開拓課題「Prediction for Science(研究代表者:三好建正)」による支援を受けて行われました。
また、大型計算機資源について、「京」高度化枠「データ解析とシミュレーションの融合研究のための共通基盤的研究開発(課題番号:ra000015)」、HPCI一般課題「ゲリラ豪雨予測を目指した「ビッグデータ同化」の研究(課題番号:hp180062、hp190051、hp200026)」、文部科学省フラッグシップ2020プロジェクト(ポスト「京」の開発)「ポスト「京」で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題」における重点課題④「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境予測の高度化(課題番号:hp160229、hp170246、hp180194)」による支援を受けて行われました。
1.背景
地球規模の温暖化が進行し、台風など激しい気象の脅威が増大しています。過去に経験のない大雨や強風などに備えるには、精度の高い気象予測が有効です。そのためには、観測を強化し、得られるデータを高度に活用して、シミュレーションによる気象予測(数値天気予報)を向上させることが重要です。どのような観測がどの程度数値天気予報に有効であるかを事前に評価できれば、効果的な観測システムの設計に役立ちます。特に、人工衛星は開発や運用に大きな費用がかかるため、そのデータの有効性を事前に評価し、設計に役立てることは極めて有益です。
このような目的で、仮想の観測システムをシミュレーションして数値天気予報への有効性を評価する研究手法を「観測システムシミュレーション実験(OSSE)[1]」と呼びます。本研究では、このOSSEの手法を活用することで、静止気象衛星に気象レーダを搭載した新しい観測システムの有効性を検証しました。
2.研究手法と成果
国際共同研究グループは、熱帯降雨観測衛星搭載降雨レーダ(TRMM/PR[2];1997年11月打上げ、観測期間約17年)、GPM主衛星搭載[3]二周波降水レーダ(GPM/DPR[4];2014年2月打上げ、観測継続中。)で培った、日本が保有する世界で唯一の衛星降水レーダ技術を発展させるミッションとして、将来の新しい気象観測として、静止気象衛星に気象レーダを搭載した「静止気象レーダ衛星(Geostationary Precipitation Radar satellite;GPR)[5]」の有効性を検討しました。気象レーダは、電波を発射し、雨雲にぶつかって跳ね返ってくる電波を計測することで、雨雲の強さを観測します。レーダは、可視光や赤外線では観測が難しい雨雲の内部を観測する点で優れています。宇宙航空研究開発機構(JAXA)と情報通信研究機構(NICT)が共同で開発した、約2メートル四方の平板アンテナのDPRを搭載した「全球降水観測計画(GPM)主衛星」は高度約400キロメートルの周回軌道に投入されています。これにより、水平5キロメートル四方の解像度で雨雲を観測しますが、周回衛星の場合、同じ雲を連続して観測することができません。
これに対し、静止衛星は同じ雲を連続して観測することができます。一方で、静止軌道は赤道上約3万6000キロメートル遠方にあることから、大きなアンテナが必要になります。仮に静止軌道に30メートル四方の平板アンテナを置いたとすると、水平20キロメートル四方の解像度で雨雲を観測できることになります。アンテナを大きくするほど解像度は高くなりますが、本研究では30メートル四方のアンテナについて検討しました。
静止軌道上のアンテナからは、真下にある赤道上の1点は真っすぐに見えますが、赤道から離れた高緯度になるほど斜めに見え、極(緯度90度の北極および南極)は見ることができません。赤道に近いほど良いデータを取得できるため、低緯度で起こる熱帯低気圧の観測に有効であると期待されます。熱帯低気圧が強く発達すると、台風やハリケーンになります。
まず、GPRが台風を観測する場合に、どのようなデータを取得すればいいかを調べるために、2015年で最強の台風第13号(アジア名Soudelor)を3キロメートル四方の解像度の領域気象モデルSCALE[6]を使ってシミュレーションしました。なお、本研究のシミュレーション実験は、全てスーパーコンピュータ「京」[7]およびスーパーコンピュータOakforest-PACS[8]を使って実施しました。このシミュレーション結果を、本研究における正解データとしました。この正解データから、衛星データ・シミュレータであるJoint-Simulator[9]を使い、レーダ反射強度を算出しました(図1左)。その上で、GPRの観測データをシミュレーションしました。その結果、GPRの20キロメートル四方のモザイク状のデータが得られました(図1中央)。さらに、この20キロメートル四方のモザイクが重なり合うように5キロメートルごとに計測する「オーバーサンプリング[10]」を行うことで、より細かい構造が捉えられることを確認しました(図1右)。
観測データの鉛直構造を調べると、北緯18度付近にある台風の眼近辺は斜めから見ることになり、特に海面に近い低高度のデータが得られないことが分かりましたが、この点もオーバーサンプリングにより大きく改善する結果が得られました(図2)。
次に、この台風をうまく再現しない別のシミュレーションを行いました(図3右上)。これに対し、局所アンサンブル変換カルマンフィルタ(LETKF)[11]を使ってGPRの観測のデータ同化[12]を行い、台風の予測がどのように変わるかを調べました。その結果、GPRのデータ同化によって台風の雨雲が強化されることが分かりました(図3左下)。さらにオーバーサンプリングを行った場合、台風の眼も確認されました(図3右下)。
さらに、18時間先までの予報のシミュレーション実験を行うと、GPRのデータ同化によって台風中心気圧の予報誤差が改善する結果が得られ、特にオーバーサンプリングを行うことで大きな改善が得られました(図4)。オーバーサンプリングを行ったGPRデータ同化により、強風の予報が大きく改善しました(図5)。
3.今後の期待
本研究により、静止気象レーダ衛星GPRが台風の強風予測を改善する可能性が明らかになりました。特に、30メートル四方のアンテナの場合、20キロメートル四方の解像度で雨雲を観測しますが、オーバーサンプリングによって台風の強度の予報が大きく改善することが分かりました。この成果は、地球規模の温暖化により脅威を増す台風の予測向上や被害軽減に向けた新しい衛星観測システムの開発に貢献するものと期待できます。
また、仮想の観測システムをシミュレーションして数値天気予報への有効性を評価する研究手法は、観測システムシミュレーション実験(OSSE)として知られています。本研究では、領域気象モデルSCALEを使った局所アンサンブル変換カルマンフィルタLETKFによるOSSEのための実験フレームを構築しました。今後OSSEをさらに幅広く活用することで、新しい観測システムの設計・検証に貢献すると期待できます。
4.論文情報
【論文1】
<タイトル>
Oversampling Reflectivity Observations from a Geostationary Precipitation Radar Satellite: Impact
on Typhoon Forecasts within a Perfect Model OSSE Framework
<著者名>
James Taylor, Atsushi Okazaki, Takumi Honda, Shunji Kotsuki, Moeka Yamaji, Takuji Kubota, Riko
Oki, Toshio Iguchi and Takemasa Miyoshi
<雑誌>
Journal of Advances in Modeling Earth Systems
<DOI>
10.1029/2020MS002332
外部リンク
【論文2】
<タイトル>
Simulating precipitation radar observations from a geostationary satellite
<著者名>
Okazaki, A., T. Honda, S. Kotsuki, M. Yamaji, T. Kubota, R. Oki, T. Iguchi, and T. Miyoshi
<雑誌>
Atmospheric Measurement Techniques
<DOI>
10.5194/amt-12-3985-2019
外部リンク
5.補足説明
[1] 観測システムシミュレーション実験(OSSE) 仮想の観測システムをシミュレーションし、数値天気予報における有効性を評価する仮想シミュレーション実験。OSSEはObserving Systems Simulation Experimentの略。
[2] TRMM/PR 熱帯降雨観測衛星(TRMM)衛星搭載降雨レーダ(PR)は日本が開発した世界初の衛星搭載降雨レーダで、1997年11月に打ち上げられてから17年間以上も観測を続けていたが、2015年4月に運用を完全に終了した。
[3] GPM主衛星 GPM主衛星は日米を中心にした国際協力の下で進められている全球降水観測計画(GPM計画)の軸になる人工衛星で、NASAが開発した衛星本体に、日本が開発を担当した観測装置の二周波降水レーダ(DPR)とNASAが開発した観測装置のGPMマイクロ波放射計(GMI)を搭載している。2014年2月に種子島宇宙センターから打ち上げられ、現在も運用中。
[4] GPM/DPR 二周波降水レーダDPRは弱い雨や雪の検出が得意なKa帯レーダ(KaPR)と強い雨の検出が得意なKu帯レーダ(KuPR)の2台の降水レーダで構成され、それらを同時に使うことによって、弱い雨から強い雨まで、世界中の降水をくまなく観測できる。
[5] GPR 静止気象衛星に気象レーダを搭載した「静止気象レーダ衛星(Geostationary Precipitation Radar satellite;GPR)」
[6] 領域気象モデルSCALE 理研が中心となって開発している領域気象モデルのソフトウェア。
[7] スーパーコンピュータ「京」 文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理研と富士通が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した計算速度10ペタFLOPS級のスーパーコンピュータ。2019年8月にシャットダウンした。
[8] スーパーコンピュータOakforest-PACS 筑波大学計算科学研究センターと東京大学情報基盤センターが共同運営する、最先端共同HPC基盤施設(JCAHPC:Joint Center for Advanced High Performance Computing)の共同利用スーパーコンピュータシステム。米国Intel Corporationによる超高性能メニーコア型プロセッサである次世代インテルXeon Phiプロセッサと、インテルOmni-Pathアーキテクチャを搭載した計算ノードを、8,208台搭載した国内最大規模の超並列クラスタ型スーパーコンピュータ。
[9] Joint-Simulator JAXAが開発している人工衛星データのシミュレーションソフトウェア。
[10] オーバーサンプリング 観測センサの分解能より細かい水平間隔で計測する観測手法を指し、本研究では、20キロメートル分解能の観測センサで、5キロメートルごとに計測している。
[11] 局所アンサンブル変換カルマンフィルタ(LETKF) データ同化手法の一種で、特に並列計算効率に優れた現実的な手法。メリーランド大学で初めて考案され、世界のさまざまな数値天気予報システムに実装されている。LETKFはLocal Ensemble Transform Kalman Filterの略。
[12] データ同化 力学系理論や統計数理に基づき、コンピュータ上のシミュレーションと現実の観測データを結ぶ。数値天気予報の根幹をなす。
6.発表者・機関窓口
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
三好 建正 ジェームズ・テイラー