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小惑星探査機「はやぶさ2」Phase-2キュレーション成果論文の
日本学士院紀要掲載について

2022年(令和4年)6月10日

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構

【注意】2022年6月13日に別紙内に記載がある著者欄と所属欄にA改訂が入りました。

 小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトチームでは小惑星リュウグウ試料分析を、6つのサブチームからなる「はやぶさ2初期分析チーム」及び、岡山大学並びに国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)高知コア研究所の2つのPhase-2キュレーション機関にて進めています。
 この度Phase-2キュレーション岡山大学の活動に基づく研究成果をまとめた論文が、日本学士院紀要に2022年6月10日付で掲載されましたので、お知らせします。

タイトル: On the origin and evolution of the asteroid Ryugu: A comprehensive geochemical perspective
掲載誌: Proceedings of The Japan Academy, Series B. Vol 98, No. 6, pp.227-282
DOI:

10.2183/pjab.98.015外部リンク

概要につきましては、別紙をご参照ください。

小惑星リュウグウ試料の初期分析について

 小惑星探査機「はやぶさ2」により2020年12月6日に地球へ帰還したリュウグウ試料は、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所に設置された施設において、初期記載(Phase-1キュレーション)が行われました。試料の一部が、6つのサブチームからなる「はやぶさ2初期分析チーム」と、岡山大学およびJAMSTEC高知コア研究所の2つのPhase-2キュレーション機関へ分配されました。初期分析チームは「はやぶさ2」の科学目的達成のために、専門サブチームが分担して、計画された高精度分析により、試料の多面的価値を明らかにします。Phase-2キュレーション機関はそれぞれの特徴を生かし、総合分析フローに基づいて試料のカタログを作成し、試料の特性に応じた測定・分析により、試料がもつ潜在的価値を明らかにしていきます。

 なお、初期分析の6つのチーム、およびJAMSTEC高知コア研究所のチームからの報告は、論文としての成果が公表されるタイミングで、個別にお知らせしてまいります。 また、全ての初期成果が公表されたのち、あらためて「はやぶさ2」サイエンス全体の総括をご説明する予定です。

以上

【別紙】

小惑星リュウグウの起源と進化
- 地球化学総合解析による太陽系物質進化の描像 -

岡山大学 中村栄三

研究成果の概要

 日本の小惑星探査機「はやぶさ2」の探査対象であった小惑星リュウグウから回収された16粒子を用いて、詳細な地球化学総合解析を行いました。その結果、小惑星物質試料が太陽系形成前から現在に至る複雑な物理化学過程の証拠を保持していることがわかり、生命の起源を含む太陽系物質進化の新しい描像を導くに至りました。

研究のポイント

  1. 有機物を多く含むと考えられていたC型小惑星リュウグウのサンプルリターンを実施し、回収された試料の地球化学総合解析を、世界に先駆けて実施した。
  2. 試料は地球上の汚染を最も受けていない小惑星物質である。小惑星リュウグウの二地点から回収されたこれらの試料に対して、地質学的観点を踏まえた分析をおこなった。
  3. 試料は主に含水層状ケイ酸塩鉱物から構成され、空隙率は約50%である。
  4. 小惑星リュウグウの化学組成はCIコンドライトと類似している。またリュウグウ最表面からだけでなく、人工クレーター形成に伴って噴出した内部物質を採取出来ていたことが確認された。
  5. 採取に用いたタンタル製弾丸による汚染が一部試料において確認されたが、人工クレーターを作成するために用いた銅製衝突体(SCI:搭載型小型衝突装置)に起因する汚染は認められなかった。
  6. 水素、炭素および窒素同位体異常を示す星間雲を起源とするミクロンサイズの有機物質が検出された。
  7. 生命の起源に結びつくアミノ酸やその他の有機物が検出された。
  8. 原始太陽系を構成した星間物質や太陽系前駆物質を含む始原的な特徴が保持されていた。
  9. 小惑星リュウグウの前駆天体は、太陽系外縁部において有機物およびケイ酸塩を含む氷に富むダストが集積した氷天体である(氷前駆天体)。
  10. 氷前駆天体の大きさは数十キロメートルであり、太陽系形成後約260万年までの期間に水質変質を被った。
  11. 氷前駆天体は破砕され、大きさ数キロメートル程度の彗星核が形成された。その後これは地球近傍軌道に移動した。彗星核から氷が昇華し、天体サイズの縮小および固体―ガスジェットに伴う物質の再堆積によって、空隙の多い低密度物質が形成された。
  12. 有機物は試料に普遍的に存在し、これらは宇宙線および太陽風の照射による宇宙風化を被り、小惑星表面のアルベド特性を決定している。

背景

 小惑星探査機「はやぶさ2」がターゲットとした小惑星リュウグウ(C型)は、初代「はやぶさ」(2010年地球帰還)が試料採取に成功した小惑星イトカワ(S型)より始原的であり、有機物や水を豊富に含むと考えられてきました。「はやぶさ2」は、リュウグウの詳細な物理探査に成功し、更に表層物質を二地点から採取、地球に持ち帰りました(総量約5.4g)。この試料を地球環境からの汚染を最小限に留めた状態で詳細に解析を行うことで、始原的な無機物質に加え、生命の起源と密接に関連する有機物や水の形成・進化過程に関する新たな知見が得られると期待されていました。加えて、小惑星の形成過程の理解が深化することによって、太陽系を構成する物質の起源や、形成後現在に至る約45.6億年の物質進化ダイナミクスの理解に向けた大きな一歩となるに違いありません。我々は宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所と岡山大学との連携に基づいた高次キュレーション機関(P2C-PML: Phase-2 curation-PML)として、この第一級の研究課題に地球惑星物質総合解析システム(CASTEM)を駆使した総合分析に挑みました。

詳細な説明

 本研究では、「はやぶさ2」 によりC型小惑星リュウグウの2タッチダウン地点(以下TD1、TD2)の表層付近から採取された試料のうち16粒子(TD1:7粒子、TD2:9粒子、総量55mg)に対し、地球化学総合解析を実施しました。「はやぶさ」がS型小惑星イトカワから回収し、CASTEMを用いて分析を行った試料は僅か(数十ミクロンサイズ6粒子、総量約2µg)でした。そこでマイクロビームを用いた分析に特化し、粒子表面に記録された、宇宙空間に曝されている極微小重力天体の表面環境の推定を行いました(Nakamuraetal.、2012)。今回解析に用いることのできたリュウグウ試料総量55mgはイトカワ試料総量の約30000倍です。この試料量を活かした総合的物質科学の実践によって、イトカワ試料の解析では困難であった小惑星の起源、天体の構造およびその変遷に伴う物質進化に関わる物理化学的プロセスの理解を目指し研究を進めました。

 リュウグウ粒子は小惑星表面から回収されたのち、地球環境に直接触れることなくP2C-PMLに搬入されました(図1)。これによって、隕石物質で問題となる、地球環境に起因する汚染の影響を最小限に留めることができました。得られた結果を直接地球外物質の持つ特徴として解釈できることは大きなアドバンテージです。そして解析の結果、リュウグウ物質に生命を構成するのに不可欠な、水素が0.69~1.30wt%(主に含水鉱物相として存在)、炭素が2.79~5.39wt%(そのうち有機物分は1.77~4.00wt%)含まれていることが確認されました。またアミノ酸や含窒素複素環式化合物など多くの有機物が検出されました。隕石から検出されるアミノ酸の一種は、リュウグウ試料からは検出されませんでした。地球上でのアミノ酸の混染を考えなくてよいことから、検出された23種(異性体を含む)アミノ酸は、地球以外の太陽系内に元々存在していたことになります。我々はアミノ酸を含む有機物が氷天体で形成進化し、これが地球環境にもたらされたことによって生命が誕生したのではないかと考えています。今後の研究によって生命の起源との関連がより詳細に明らかとなるでしょう。

(c) Nakamura et al. (2022)

図1.リュウグウ粒子の外観。黒色無光沢で、細かな割れ目が発達している(左)。細粒緻密なマトリクスに鉱物の集合体や自形結晶が散在している(右)。

 我々は、全16粒子に対して高精度の化学分析を行い、粒子ごとに最大70元素の濃度を決定しました。その結果、リュウグウの化学的特徴はCIコンドライトのそれに類似することがわかりました。また全粒子の詳細な岩石学的記載によると、リュウグウ物質は微細な含水層状ケイ酸塩鉱物(50vol%)と空隙(41vol%)を主とする細粒マトリクス、および無機鉱物および有機物からなる粗粒相(9%)からなり、密度は約1.52g/cm3です。CIコンドライトに分類される隕石には、太陽系円盤内で形成された高温形成物(例えば融解を経験した)が普遍的に観察されます。しかし、リュウグウ試料にはこれら高温形成物がほとんど含まれません。このことから、リュウグウ物質は相対的に太陽系から遠方の低温領域で集積し、現在に至るまでその初生的な性質を保持しているのだと考えられます。

 粒子に含まれる元素(H、Be、B、N、Ca、およびCr)の濃度や同位体組成、そして特徴的な同位体組成(H、C、およびN)を呈するミクロンサイズの有機物を解析しました。その結果、リュウグウ試料中に太陽系の元となった星間物質や太陽系前駆物質など太陽系が形成される以前の、起源の異なる有機および無機物が確認されました。更に高精度の酸素およびカルシウム・クロム同位体組成から、小惑星リュウグウは原始太陽系円盤における均質化の影響が他の地球外試料(隕石)と比べて非常に小さく、最も始原的な太陽系物質であることがわかりました。またネオン同位体の特徴は、太陽系形成以前もしくは直後(約46億年前)の高エネルギー粒子の照射にさらされた太陽系環境の存在を示唆しています。これは地球外試料に伝統的に用いられていたネオン同位体に関する根本的な仮定の再検討が必要であることを意味しています。

 現在のリュウグウ試料が主に含水鉱物から構成されることから、非晶質ケイ酸塩と水を主とする流体との反応(水質変質)が物質進化に重要な役割を果たしたと考えられます。水質変質において流体から晶出したと考えられる炭酸塩にMn-Cr年代測定法、そしてその炭酸塩およびこれと共存する磁鉄鉱に対して酸素同位体温度計を適用しました。その結果、炭酸塩鉱物が形成されたのは太陽系形成から約260万年後(45.647億年前)であり、その時の温度は0~30℃でした。このような条件を達成するためには、太陽系形成直後に有機物およびケイ酸塩を含む氷に富むダストが集積した氷天体がリュウグウの前駆天体となったと考えるのが自然です。熱力学計算から氷天体のサイズは数十㎞程度と見積もられ、その固液境界層が、リュウグウ試料の形成場であったと考えられます。氷天体が形成された場については、氷に富むダストが存在可能なスノーラインより外側(太陽系外縁部)であること、また前述の化学的証拠から物質の均質化が進展していないことが必要であり、これらの物質科学的証拠を取り入れた理論的な太陽系形成モデルの発展が期待されます。

 氷天体内部が融解し、反応に必要な流体が形成されるためには温度上昇が必要であり、少なくとも前述の酸素同位体温度計で得られた条件に至る必要があります。水質変質の生じた年代情報から、その熱源は天体中に分布する放射壊変核種である26Alだったと考えられます(図2)。壊変エネルギーによって氷天体の内部温度が上昇し融解した結果、水を主とする流体が形成され無機物質と反応し、含水鉱物相や炭酸塩、磁鉄鉱、硫化鉄など現在リュウグウ試料中に観察される構成相が形成されました。また粒度のそろった多面体磁鉄鉱粒子(図3)の形態・分布から、流体中に水溶性有機物が存在したこと、何らかの擾乱によって凍結・融解サイクルが繰り返されたことが推定されます。そしてこの過程において、星間雲や原始太陽系星雲を起源とする単純な有機分子を源としてリュウグウ粒子から検出された複雑なα-、β-アミノ酸や含窒素複素環化合物が合成されたと考えられます。

 時間と共に26Alが減少し発生する熱が減ずると、この氷天体内部は再び凍結しました。そしてニースモデル等で指摘されている太陽系内天体ダイナミクスに関連した天体衝突などにより、数㎞サイズの氷天体片が形成されそれが現在のリュウグウの祖先となったと考えています。
小惑星リュウグウは、天体同士が衝突し再集積したことによって瓦礫状構造が形成されたと考えられてきました。特徴的なそろばん玉形状は、集積後の自転に伴う変形であり、YORP効果などによる自転周期の変化を受けて現在の状態に至ったと考えられてきました。しかし、このモデルではリュウグウの元となった物質がどのように形成進化してきたのか、衝突破砕と再集積が太陽系のどの位置で起ったのかなどの疑問に答えることができません。

(c) Nakamura et al. (2022)

図2.氷前駆天体の熱史。リュウグウ試料が主に含水鉱物から構成されることから、非晶質ケイ酸塩と流体との反応が物質進化に重要な役割を果たしたことがわかります。そのタイミングと温度は、太陽系形成から約260万年後(45.647億年前)であり、その時の温度は0~30℃と見積もられました。これらを制約条件として、氷前駆天体の熱史を推測することができます。天体を加熱した主な熱源は、形成時に取り込まれた放射性核種26Alが壊変した際に放出されるエネルギーです。天体が小さいと表面積/体積比が大きく放射冷却が無視できないため、天体は十分に加熱されず、流体が形成されない、あるいはたとえ形成されたとしても、太陽系形成後260万年まで流体を保持できません(熱史a、b)。一方で天体が大きくとも形成のタイミングが遅れると26Alが失われているため、やはり十分に温度が上昇しません(熱史z)。熱力学計算から氷天体のサイズは数十㎞程度と見積もられますが、(熱史c:リュウグウの氷前駆天体)このサイズの氷天体が太陽系形成後早い時期に集積すれば、求められた水質変質(炭酸塩と磁鉄鉱の晶出)の時間的制約を満たし、内部に十分な流体を形成することができます。その後26Alの消費と共に天体は冷却され、天体表層から内側に向かって再凍結が進んだ結果、固液境界層は中心に移動します。この固液境界層がリュウグウ試料の主たる形成場であったと考えられます(詳細は図4を参照)。


(c) Nakamura et al. (2022)

図3.多面体磁鉄鉱粒子の産状を示す走査電子顕微鏡像。晶癖やサイズの異なる磁鉄鉱粒子が約10ミクロンの領域に共存している。

 我々は数㎞サイズの氷天体片が太陽系外縁部から内部(地球近傍軌道)へと移動し、それに伴う太陽からの輻射熱の増加により氷が失われ、現在のリュウグウに至った「彗星核」小惑星形成モデルを提案します。最近提案された物理モデルによって、「彗星核」が昇華によって氷を徐々に失うことによって、運動量を散逸させずに天体サイズが減少することが示されました。その結果自転速度が増加し、リュウグウの特徴であるそろばん玉形状が形成されます(Miura et al., 2022)。この氷の昇華プロセスは、リュウグウ試料の非常に空隙の多い組織を説明することができます。元々微細な無機・有機構成相と氷の混合物であった「彗星核」は、昇華によって氷を失い、残された無機・有機構成相が緩やかに結合することで現在の空隙が形成されました。約41%という空隙(氷)の量比は、鉱物相の熱力学的計算から推定される水/岩石比と整合的です。

(c) Nakamura et al. (2022)

図4.氷前駆天体内における水質変質プロセス。(左上)放射性核種の壊変による熱でダスト周辺の氷が相転移する。表層付近の極低圧条件では昇華するが、内部の封圧化では氷が解けて水流体が発生する。(左下)ダスト中の珪酸塩成分や有機物が水流体との反応で含水珪酸塩鉱物などに変化し、天体内部から表層部に向かって広範な水質変質をもたらす。(右上)放射壊変が終了すると、天体表層から内部に向かって凍結が進行する。水流体の化学組成多様性による凝固点や反応速度の差、および凍結に伴う体積変化による局所的応力変化によって、固液二相からなる漸移帯が発達し、凍結融解が繰り返される。(右下)鉱物や有機物の成分を多く固溶していた水流体の液滴中では、早期に凍結したマトリクスから隔離された状態で凍結融解が繰り返され、多様な鉱物の生成や成長が進行する。

 また近年の彗星探査によって示されたように、氷の昇華は「彗星核」表面からだけでなく、ガスが内部からクラックを通じて断続的に噴き出すことでジェットを形成します。ジェットはガスだけでなく内部の固体物質を宇宙空間に放出しますが、その一部は「彗星核」表層に再集積します。このモデルは、TD1とTD2で採取された試料間の地球化学的特徴を説明することができます。すなわち相対的に均一な化学的特徴を持つTD2試料は表層から徐々に氷が昇華することによって形成され、微量元素濃度のばらつきを示すTD1試料は「彗星核」内部からジェットによって輸送された物質が表層物質と混合し再固結することで形成されたのです。これにより、「彗星核」の元となった氷天体は部分的に不均質となったと推定されます(図5)。このような過程を経て、現在の小惑星リュウグウは形成されました。

 リュウグウ試料中に観察される氷天体内での水質変質を被っていない非同源性の物質(コンドリュールやアメーバ状カンラン石集合体起源のかんらん石やlow-Ca輝石)や同位体的特徴の異なる岩片もこの氷昇華プロセスに伴う物質が再集積するのと同時に氷天体外から取り込まれ、集積したのでしょう。また「彗星核」はジェットの噴出を繰り返す中で、天体の一部を自己崩壊させそれがクラック内部に落ち込むことで、小惑星リュウグウの特徴の一つである瓦礫状構造が発達したと考えられます(図5)。氷を失った「彗星核」の表面は太陽風や宇宙線にさらされることとなり、表層付近の有機物の変質とそれに伴うアルベドの増加が起こりました。

(c) Nakamura et al. (2022)

図5.氷の昇華による彗星核表層のダイナミクス。(上段)太陽放射による氷の昇華が進むと地下に空洞を生じる。続く昇華と水蒸気の圧力によって割れ目が伝搬して空洞が大きくなると、やがて天井部分の崩落が起こる。(下段)天井部分が崩落してすり鉢状の窪地ができると、氷の昇華によって窪地壁面から水蒸気とともに、地下の物質(氷を含む)が噴出する(Vincent et al., 2015)。降下してきた破片は、非同源性天体由来の破片を含む表層物質とともに、氷を含む地下物質と混合してから再堆積するため、岩圧下で凝結して整然層になる。こうして、彗星核表層の構造が局所的に改変される。

 我々は、現在の小惑星リュウグウは、以上の過程を経て形成されたと考えています(図6)。一連の地球化学総合解析によって、小惑星リュウグウ試料は太陽系形成前から現在に至る様々な物理化学的情報を保持している可能性が示されました。またアミノ酸などの有機物と水の存在が確認されたことで、リュウグウのような小惑星およびその氷前駆天体と、地球生命との関係性についてより深い議論が今後できると考えています。この研究成果が学際的な議論と協力を促し、太陽系とその先の世界をより深く理解するための一助となることを願っています。

(c) Nakamura et al. (2022)

図6.小惑星リュウグウの起源と進化。星間物質や太陽系前駆物質などを起源として、太陽系外縁部で誕生した氷微惑星は、その内部の広範な水質変質の後に破砕され、彗星様小惑星として地球近傍軌道に至り、氷の昇華を伴いながら、瓦礫集積体様の小惑星へと進化した。

研究の意義と今後の展開や社会的意義など

 これまでの太陽系の起源および進化に関する物質科学的研究は、起源があいまいかつ地球上での汚染が避けられない隕石の解析が主でした。しかし探査機「はやぶさ」、「はやぶさ2」に代表される地球外物質サンプルリターンミッションは、現産地において地質学的に記載され、地球上での汚染が最小化された試料を人類にもたらしました。そのような試料を、本研究のように詳細かつ総合的に解析することにより、太陽系における物質進化の物理化学的過程の理解が格段に進歩することでしょう。
本研究により取得した分析データの詳細は、試料デポジトリシステム(DREAM:https://dream.misasa.okayama-u.ac.jp/外部リンク)上で一般に公開されます。この情報を基盤としてP2C-PMLにおけるより詳細な解析、そしてCASTEMを活用した国際公募研究など様々な共同研究が展開されることになります。本研究成果によって太陽系物質科学研究への新しい扉を開いたことの社会的意義は極めて大きいと考えます。

参考文献

  • Nakamura, E., Makishima, A., Moriguti, T., Kobayashi, K., Tanaka, R., Kunihiro, T. et al. (2012) Space environment of an asteroid preserved on micrograins returned by the Hayabusa spacecraft. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 109, E624-E629.
  • Miura, H., Nakamura, E. and Kunihiro, T. (2022) The asteroid 162173 Ryugu: a cometary origin. Astrophys. J. Lett. 925, L15.
  • Vincent, J-B., Bodewits, D. et al. (2015) Large heterogeneities in comet 67P as revealed by active pits from sinkhole collapse. Nature 523, 63-66.
  • Connelly, J.N., Bizzarro, M., Krot, A.N., Nordlund, Å., Wielandt, D. and Ivanova, M.A. (2012) The absolute chronology and thermal processing of solids in the solar protoplanetary disk. Science 338, 651-655.

論文情報

タイトル: On the origin and evolution of the asteroid Ryugu: A comprehensive geochemical perspective
掲載誌: Proceedings of The Japan Academy, Series B. Vol 98, No. 6, pp.227-282
DOI:

10.2183/pjab.98.015外部リンク

著者: Eizo Nakamura1、Katsura Kobayashi1、Ryoji Tanaka1、Tak Kunihiro1、Hiroshi Kitagawa1、Christian Potiszil1、Tsutomu Ota1、Chie Sakaguchi1、Masahiro Yamanaka1、Dilan M. Ratnayake1、Havishk Tripathi1、Rahul Kumar1、Maya-Liliana Avramescu1、Hidehisa Tsuchida1、Yusuke Yachi1、Hitoshi Miura2、Masanao Abe3、21、Ryota Fukai3、Shizuho Furuya3、14、Kentaro Hatakeda3、Tasuku Hayashi3、Yuya Hitomi3、18、Kazuya Kumagai3、18、Akiko Miyazaki3、Aiko Nakato3、Masahiro Nishimura3、Tatsuaki Okada3、14、Hiromichi Soejima3、18、Seiji Sugita14、7、Ayako Suzuki3、18⁑、Tomohiro Usui3、Toru Yada3、Daiki Yamamoto3、Kasumi Yogata3、Miwa Yoshitake3‡、Masahiko Arakawa5、Atsushi Fujii3、Masahiko Hayakawa3、Naoyuki Hirata5、Naru Hirata13、Rie Honda9、Chikatoshi Honda13、Satoshi Hosoda3、Yu-ichi Iijima3†、Hitoshi Ikeda11、Masateru Ishiguro6、Yoshiaki Ishihara3、Takahiro Iwata3、21、Kosuke Kawahara3、Shota Kikuchi3、7、Kohei Kitazato13、Koji Matsumoto10、Moe Matsuoka3、20、Tatsuhiro Michikami8、Yuya Mimasu3、Akira Miura3、Tomokatsu Morota4、Satoru Nakazawa3、Noriyuki Namiki10、Hirotomo Noda10、Rina Noguchi3、19、Naoko Ogawa3、16、Kazunori Ogawa3、Chisato Okamoto5†、Go Ono11、Masanobu Ozaki3、Takanao Saiki3、Naoya Sakatani12、Hirotaka Sawada3、Hiroki Senshu7、Yuri Shimaki3、Kei Shirai3、5、Yuto Takei3、Hiroshi Takeuchi3、Satoshi Tanaka3、21、22、Eri Tatsumi14、15、Fuyuto Terui3、17、Ryudo Tsukizaki3、Koji Wada7、Manabu Yamada7、Tetsuya Yamada3、Yukio Yamamoto3、Hajime Yano3、Yasuhiro Yokota3、Keisuke Yoshihara3、Makoto Yoshikawa3、21、Kent Yoshikawa11、Masaki Fujimoto3、Sei-ichiro Watanabe4、Yuichi Tsuda3、14
所属: *1 岡山大学惑星物質研究所 PML
*2 名古屋市立大学大学院理学研究科・総合生命理学部
*3 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所
*4 総合研究大学院大学(葉山)
*5 東京大学大学院理学系研究科
*6 株式会社マリン・ワーク・ジャパン
*7 千葉工業大学惑星探査研究センター
*8 神戸大学大学院理学系研究科
*9 会津大学コンピューター理工学部
*10 高知大学理工学部
*11 宇宙航空研究開発機構研究開発部門
*12 ソウル国立大学物理天文学学科、韓国.
*13 国立天文台
*14 パリ天文台、フランス
*15 近畿大学工学部
*16 名古屋大学大学院環境学研究科
*17 新潟大学理学部
*18 宇宙研究開発機構国際宇宙探査センター
*19 立教大学理学部
*20 東京大学大学院新領域創成科学研究科
*21 ラ・ラグーナ大学カナリア宇宙物理学研究所、スペイン
*22 神奈川工科大学工学部
現アドレス:東洋大学
‡現アドレス:日本郵便株式会社
太字:責任著者

用語集

始原的:太陽系物質は約46億年の間に、様々なプロセスによって物質分化や均質化が起こっています。そういったプロセスの影響をほとんど被ることなく、太陽系の元となった星間ガスの特徴や、太陽系形成の初期段階の情報を保持している物質を始原的と呼びます。

地球惑星物質総合解析システム(CASTEM):物質科学研究に必要な様々な機器を有機的にリンクさせ、あたかも1つの解析機器として運用する世界的にも唯一無二のシステム。本研究の遂行に極めて大きな役割を果たしたうえ、他の地球惑星物質科学研究に活用し成果をあげている。近年CASTEMに遠隔運用の機能を追加し、民間企業や外部研究機関との共同研究にも活用されている。

C型小惑星:炭素質コンドライト隕石と類似した光学的性質を持つことから、炭素系物質を多少に含む小惑星と考えられており、既知の小惑星の約75%を占めている。

S型小惑星:光学的性質からケイ酸塩鉱物を主たる構成物とする小惑星。既知の小惑星の約17%を占める。

含窒素複素環式化合物:環の中に少なくとも2種類の異なる元素を含む環状化合物。ピリジン、核酸、セルロースなどが代表的な複素間式有機物。

CIコンドライト:イブナ隕石(1938年タンザニアにて落下を確認、回収)を代表とする有機物やその他化合物として炭素を含む隕石グループ。

含水層状ケイ酸塩鉱物:SiO4四面体が二次元的に結合した層構造を持つ鉱物。多くは水を構造的に含んでいる。蛇紋石、サポナイトなど。

Mn-Cr年代測定法:半減期370万年の53Mnが53Crに壊変することを利用した年代測定法。試料中のMn/Cr濃度比、53Cr/52Cr比を測定することによって年代を決定する。超新星爆発によって形成された53Mnは、太陽系を形成した物質に取り込まれ壊変によって失われ、現在では検出することはできない(消滅核種)。しかし太陽系形成直後から2千万年程度までのプロセスに時間的情報を与えることができる。本研究ではドロマイト(炭酸塩鉱物)を局所質量分析によって解析し、年代情報を得た。

酸素同位体温度計:平衡に共存したと仮定できる2鉱物相間の酸素同位体の差を使って、温度条件を決定する方法。本研究では、氷前駆天体内で起った水性変質に伴って形成された磁鉄鉱―ドロマイトのペアの局所酸素同位体分析を実施し、温度を求めた。

スノーライン:原始太陽系円盤において水が気相として存在する領域と固相として存在する領域との境界。太陽からの距離に依存していると考えられ、太陽系物質分化に大きな影響を与えたと考えられている。

YORP効果:Yarkovsky–O'Keefe–Radzievskii–Paddack効果。非対称な形状をした天体において、太陽光の反射と天体表面からの熱放射が非等方的に生じることによってトルクが発生し、自転軸や自転速度に変化を生じさせるという効果。

昇華:物質が固体から流体を介さず気相に相転移する現象。水の場合、氷から直接水蒸気となること。

コンドリュールやアメーバ状カンラン石集合体:コンドライト隕石を特徴づける、カンラン石や輝石およびアモルファスなどの物質から構成される球状(直径1mm程度)の物体。アメーバ状カンラン石集合体と共に1500℃以上に急激に加熱され、そののち急速に冷却され形成されたと考えられている。低温(0~30℃)条件を示すリュウグウ試料と化学的に平衡に存在しえないことが重要。

アルベド:正確には幾何アルベト。入射光と反射光が完全に同じ向きであるとしたときの反射能(割合)。



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