世界初、天の川銀河中心の低エネルギーガンマ線放射の直接撮像に成功
― ガンマ線天文学のギャップを埋める成果 ―
2026年(令和8年)10月6日
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
学校法人北里研究所北里大学
国立研究開発法人産業技術総合研究所
国立大学法人京都大学
北里大学未来工学部 谷森達教授(京都大学名誉教授)、産業技術総合研究所計量標準総合センター 池田智法研究員、京都大学大学院理学研究科 高田淳史准教授、宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 水村好貴助教らの研究グループは、谷森教授が2022年まで所属した京都大学理学研究科において研究代表として実施した天の川銀河の中心からの低エネルギーガンマ線観測実験「SMILE-2+(※)」のデータ解析を進め、低エネルギーガンマ線天文学において世界で初めて光学、電波、X線など天文学の標準となる幾何光学原理を用いた線形画像解析による天の川銀河中心の陽電子消滅ガンマ線スペクトルを高精度で求めることに成功しました。この研究成果は、50年以上前から宇宙の元素合成解明のカギと注目されながら未開拓であったこの分野を大きく前進させる画期的成果として2026年8月に米国物理学会論文誌に掲載されました。また同時に世界で注目される論文を取り上げる科学誌NatureのResearch Highlightでも取り上げられました。
- ※ SMILE-2+: 宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所が提供する大気球による飛翔機会に装置を載せて行った観測実験のことで、2018年にオーストラリア中央部から打ち上げられ約1日間、観測を行いました。
研究成果のポイント
- ◆ 天文学は私たちの目に見える電磁波である可視光による天体観測から始まりましたが、X線やガンマ線による観測も行われるようになり、さまざま知見が得られています。波長が非常に短く、高エネルギーの電磁波であるガンマ線による観測は超新星や天の川銀河の中心の観測に適していますが、エネルギーの単位である電子ボルト(eV)(※1)で100万電子ボルト(MeV)以下の低エネルギーのガンマ線は精度の高い撮像法がないうえ、背景雑音の影響が大きいため天体を直接撮像することが難しく、新しい観測手法が求められていました。
- ◆ 今回、私たちの天の川銀河の中心から届くエネルギーが1 MeVより小さい150〜600 keVガンマ線放射を世界で初めて光学望遠鏡と同じ原理で直接撮像しました。すなわち、天の川銀河中心方向からの有意なガンマ線信号を画像として検出し、背景に対して高い有意性で確認することで、他波長の天文学と同等の高信頼性のあるデータを得ました。天文学を、推定モデルに強く依存する統計解析から画像科学へ発展させることを初めて実証したことになります。
- ◆ 観測された天の川銀河中心のガンマ線放射は、従来結果と誤差の範囲内で整合し、従来から言われた理論値より数倍強い放射がより確実になりました。今後、暗黒物質や原始ブラックホールを含む未知の起源の可能性を、より高精度な観測で検証することが期待されます。
- ◆ 「MeVギャップ」と呼ばれる長年未開拓だったガンマ線の観測領域を埋める観測技術として、天文学で最も基本的な撮像法による高精度なイメージング観測を実現しました。これにより今後、超新星爆発、宇宙線加速、陽電子消滅など高エネルギー宇宙現象の解明を大きく前進させることが可能になります。
本研究は、新たな観測結果を一つ積み上げたというよりも、MeVガンマ線天文学(※2)そのものの研究手法を変える第一歩と位置付けることができます。「見えなかった宇宙」が見えるようになりつつある今、人類はようやくMeV領域のガンマ線を通して見る宇宙を本当の意味で観察する時代の入り口に立ったと言えます。
研究の背景
宇宙には、ブラックホールや超新星爆発など極めて高エネルギーな現象が存在します。その実態を探る重要な手掛かりがMeV(100万電子ボルト)領域のガンマ線です。しかし、このエネルギー帯は光学望遠鏡のような幾何光学による定量性が担保される線形撮像(※3)が極めて難しく、「MeVギャップ」と呼ばれる未開拓領域として長年残されてきました。特に天の川銀河中心は、陽電子消滅や宇宙線加速など宇宙物理学の重要課題が集中する場所ですが、これまでの観測装置では撮像が非常に不明瞭でした(図1)。背景雑音の影響が大きく、放射の起源や構造を明確に画像として捉えることは困難であり、全天の雑音とわずかな天の川銀河中心ガンマ線をモデル化して推定する間接的な手法による結果に限られていました。上記の「SMILE(※4)-2+」観測では、世界初のMeVガンマ線の線形撮像が可能なカメラである電子飛跡検出型コンプトンカメラ(ETCC※5)を開発し(図2)、2018年に上記実験を実施しました。さらに、2022年には天の川銀河中心ガンマ線の検出など成果の概要をAstrophysical Journal誌に発表しました。
今回は線形撮像の特色を活かし、天の川銀河中心の精度の高いガンマ線スペクトルを得ることで、線形撮像の重要性を世界に示すことができました。MeVガンマ線は、超新星爆発による元素生成、宇宙線の加速、特に今回の結果のエネルギー範囲では暗黒物質に強く関与する反物質である陽電子の消滅など、宇宙の進化を理解するうえで重要な情報を運びます。しかし、MeVエネルギー領域では精度の高い撮像法がないだけでなく、背景放射の影響が大きく、天体を直接撮像することが困難でした。そのため研究者は、限られた観測データから複雑なモデルを用いて放射源を推定するしかなく、MeVガンマ線天文学は他の波長帯に比べて「見て研究する科学」ではなく、「解析して推測する科学」であり続けてきました。
研究内容と成果
本研究グループは、大気球実験「SMILE-2+」に搭載された、電子の軌跡を直接追跡できる新型の「電子飛跡型コンプトンカメラ(ETCC)」を用い、天の川銀河中心領域における150〜600
keV帯域のガンマ線観測を、世界で初めて幾何光学に基づくイメージング分光法により成功させました。ETCCの最大の特長は、コンプトン散乱された電子の反跳方向をすべて記録することでガンマ線の方向を決定し、線形撮像を実現できる点にあります。さらに、従来の解析手法に頼らず雑音を劇的に排除することで、高感度な天体イメージングを実現します。得られた観測データから天の川銀河中心の空間分布や強度を精緻に評価したところ、天の川銀河中心からの陽電子放射は従来の観測結果の誤差範囲内ではあるものの、約2倍の高い強度を示しました。この結果は、天の川銀河中心のガンマ線放射が比較的強い可能性を示しており、その起源をより高精度な観測によって検証する必要性を改めて示すものです。暗黒物質や原始ブラックホールを含む未知の起源についても、今後の観測による検証が期待されます。
この成果は、国際的な科学誌『Nature』のResearch
Highlights(2026年8月12日、Giant balloon gives rise to new view of the Milky Way's
centre)においても注目されるなど、宇宙ガンマ線天文学の新たな扉を開く画期的なブレイクスルーとして高く評価されています。
今後の展開
科学の発展は、新しい観測手段によって大きく加速されてきました。光学望遠鏡が惑星科学を生み、X線望遠鏡が高エネルギー宇宙を開拓したように、ETCCはMeV領域の宇宙に対する人類の視野を根本的に広げる可能性を持っています。今後、より大型・高感度のETCCを用いた長時間気球観測や衛星観測が実現すれば、天の川銀河中心だけでなく、超新星残骸、活動銀河核、ガンマ線バーストなどの詳細なMeVガンマ線画像を取得できるようになります。感度を改善したETCCを用いた天の川銀河観測実験「SMILE-3」(実験代表者:京都大学大学院理学研究科 高田淳史准教授)は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の次期豪州気球実験(大気球による飛翔機会提供として2028年に実施される予定)の候補実験として高く評価されており、実施に向けた準備を進めています。このような線形撮像による天体MeVガンマ線観測が継続的に発展すれば、宇宙に存在する反物質の起源、重元素生成の現場、宇宙線加速機構、暗黒物質の解明など、現代宇宙物理学に残された重要課題への理解が飛躍的に進むと期待されます。
論文情報
- 掲載誌
- :Physical Review D 114, 043026 (2026)
- 論文名
- :Observation of the Galactic Center in the sub-MeV gamma-ray band with an electron-tracking Compton camera
- 著者
- :T. Ikeda, T. Tanimori, A. Takada, Y. Mizumura et al.
- DOI(論文)
- :10.1103/h89s-4p7q外部リンク
- DOI(Research Highlights, Nature)
- :10.1038/d41586-026-02463-y外部リンク
■ 本研究は主にJSPS科研費 20244026, 16H02185, 15K17608, 23654067, 25610042,16K13785, 20K20428, 16J08498, 18J20107, 19J11323,22J00064, 22KJ1766, 24K00643による。
用語解説
- ※1 eV:エネルギーの単位で電子を1ボルトの電位差で加速したときに得るエネルギーのこと。光は波長が短いほどエネルギーが高く、もっとエネルギーが高いガンマ線は100keV(10万電子ボルト)~10MeV(一千万電子ボルト)の電磁波で、放射性同位体から放射されるガンマ線のほとんどはこのエネルギー帯域となる。
- ※2 MeVガンマ線天文学:エネルギーが1 MeV程度かそれ以下のガンマ線による天文学。このエネルギー帯域のガンマ線は放射性同位体から放射されるガンマ線に対応するため、宇宙の放射性同位体を検出でき、宇宙での核反応を直接とらえることができる。例えばヘリウムより重い元素の大半は超新星爆発がその生成起源と考えられているが、超新星残骸から半減期が数年の放射性同位体が発見できれば、それが簡単に実証できる。
- ※3 線形撮像:複数の対象物を個別に撮影しても同時に撮影しても、それぞれの対象物の形、明るさ等の特性が変化しない撮像法。幾何光学に基づく光学、電波、X線など多くの撮像は線形撮像であり、画像から対象物毎の物理特性が正確に得られた。一方、低エネルギーガンマ線に従来用いられた撮像法は、画像の中の対象物の個数や、配置により個々の対象物の特性が変化してしまう。そのため画像から得られる物理量に対する信頼性が非常に低かった。
- ※4 SMILE:実験名称で、Sub-MeV/MeV gamma-ray Imaging loaded-on-balloon Experimentの頭字語。
- ※5 ETCC:MeVガンマ線カメラの一種である電子飛跡検出型コンプトンカメラを指し、Electron-Tracking Compton Cameraの頭字語。
以上