2021年7月、JAXAは「GIGAスクール特別講座~君も宇宙へ!~」を実施しました。
国際宇宙ステーション(ISS)と地上を結び、星出彰彦宇宙飛行士がISSから全国の子ども達へリアルタイムに授業をおこなった、これまでにない取り組みです。
また、文部科学省が推進している「GIGAスクール構想*」の関連プロジェクトとして実施しました。
今回の特別講座を中心となって企画した、宇宙教育センターの織田 史子(おだ ふみこ)と野村 健太(のむら けんた)に、本プロジェクトの内容や反響、今後の展望について話を聞きました。(2022年2月)
*1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することで、特別な支援を必要とする子供を含め、多様な子供たちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育ICT環境を実現する取り組み。
今回のGIGAスクール特別講座の企画から実施に携わった宇宙教育センターメンバー。
後列中央左が織田 史子(おだ ふみこ)。前列中央左が猿渡智衛先生、中央右が野村 健太(のむら けんた)。
初の試み・宇宙からのリアルタイム授業
JAXAでは2005年から宇宙教育センターで「宇宙を素材とした教育」を掲げ、子ども達を対象とした教育活動・体験プログラムの実施や、教育現場への支援などに取り組んでいますが、今回の「GIGAスクール特別講座」が従来と違うのはどのような点でしょうか
織田:JAXA宇宙教育センターでは、学校の授業や社会教育の様々な場面で宇宙教育を実施しています。
これまで、一方的にISSからの中継映像を流す形式や、選ばれた人のみが会話に参加できる形式の講座はありましたが、児童全員が投票などでリアルタイムに宇宙からの授業に参加できるものはなかったため、今回が初めての試みとなりました。
また新型コロナウイルス感染症の影響もあり、2020年度からはオンラインによる実施を増やしてきましたが、全国の児童を一斉に対象とする規模でのオンライン授業の実施も今回が初めてでした。
今回の特別講座で、「ISS滞在中の星出宇宙飛行士と地上を結んでリアルタイムに授業を行う」という企画は当初から想定していたのでしょうか。
織田:今回は「星出宇宙飛行士のISSからの授業を、ぜひGIGAスクール構想の関連プロジェクトとして実施してほしい」という文部科学省からの提案を受け、宇宙と地上をリアルタイムで結んで、どのようなことができるかを考えて組み立てていきました。
今回の講座では、直接星出宇宙飛行士と会話をする児童は筑波宇宙センターから参加しました。また、全国からオンライン会議システムを通して参加している児童の音声もISSへ届けました。
会場の様子
「宇宙での学び」を届けるまで
宇宙教育センターとしての今回の「宇宙での学び」の狙いはありましたか
野村:筑波宇宙センターから参加している児童はもちろん、全国から参加している児童も好奇心をもって探究できる「宇宙での学び」をねらいとしました。
オンラインだとどうしても一方向的な説明が多くなってしまい、受け身になってしまいます。そこで、リアルタイムで設問を設け、その答えをすぐに共有することで、「全国のみんなはどのように考えているのか」「どうしてそのように考えたのか」とまるで同じ教室にいるような協働的な学びになるようにしました。
また、「宇宙での水の形は?」「ISSで方位磁針はどちらを向く?」などの地球上では確かめることが難しい設問やテーマを設けることで、目を輝かせながら主体的に学ぶ時間を提供できたと思います。実験内容やテーマ決めはどのように行いましたか
織田:ISSで作業が可能なものを選ぶため、当日の進行も務めた油井亀美也宇宙飛行士と、大西卓哉宇宙飛行士からまずアイデアをいただきました。
その中から、日頃より宇宙教育センターにご協力いただいている小学校教員の猿渡先生と、宇宙教育センター職員で「子どもたちが自ら考え学べるように」という視点でテーマを選びました。野村:また、この配信を終えてからも学校の先生方に日ごろの授業で活用していただけるように、という視点でもテーマを選びました。
例えば、「ISSでは方位磁針はどんな風に動くのだろうか」「無重力環境でおいしく宇宙食を食べるのに適した食器をデザインしよう」のテーマは、理科・家庭科・総合的な学習の時間等の授業で活用することができます。
GIGAスクールライブ配信中に出題した質問の答えを確認している様子
Zoom参加者
今回、有志で参加してくれた子ども達はどのように決定され、当日はどのように参加されたのでしょうか。子ども達が、「無重力環境でおいしく宇宙食を食べるのに適した食器」について自分なりのアイデアをレポートとしてまとめ発表する場面がありましたが、こうした事前学習についても教えてください。
織田:2021年4月に、JAXA主催の「オンライン・コズミックカレッジ ~宇宙飛行士からのミッションに挑戦!!!~」の参加者募集という形で、宇宙教育センターのホームページで募集しました。
今回の特別講座より前に、5月から6月の日曜日に同プログラムを計3回実施し、海外からの参加者を含む35名の児童が欠席者なく参加してくれました。
このオンライン・コズミックカレッジは、「ミッション①ISSでは方位磁針はどんな風に動くのだろうか」「ミッション②無重力環境でおいしく宇宙食を食べるのに適した食器をデザインしよう」という2つのテーマを児童に投げかけ、油井宇宙飛行士からの課題出し→ディスカッション→持ち帰って考えをまとめる→次の回で発表、という形式で実施しました。
特別講座で児童に発表をお願いしたミッション②のテーマに関しては、児童が発案したアイデアの中から、猿渡先生と宇宙教育センター職員で、ぜひ講座内で発表をお願いしたい企画を選びました。
本番の7月6日は平日でもあるため、オンライン・コズミックカレッジ参加者の中で希望した児童10名が筑波宇宙センターに来て参加しました。遠方などで筑波宇宙センターから参加できなかった児童はオンライン会議システムを通じて参加し、星出宇宙飛行士へ声を届けました。
本番終了後、ミッション①のテーマ「ISSでは方位磁針はどんな風に動くのだろうか。」の答え合わせとして、ISSで実際に実験した様子を発表し、オンライン・コズミックカレッジを終了しました。企画段階で様々なシステムやISSなどとの連携もあり、かなり難しいこともあったかと思います。苦労した点、克服した課題などがあれば教えてください。
野村:授業面では、今回の企画を「宇宙っておもしろい」「楽しかった」とその日だけのイベントで終わるのではなく、継続した学びにすることが難しかったです。事前の学習で根拠をもって実験の結果を予想したり、学校の学習内容とつながるようにテーマや設問を選んだりと工夫をしました。
この配信をきっかけに宇宙や日常の疑問を追究する楽しさを味わえてもらえたら嬉しいです。織田:システム面では、映像や音声の入出力が本当に複雑でした。リアルタイムでISSと交信する企画でしたので、スタッフ全員がかなり神経を使いました。
また、ISSにいる宇宙飛行士への指示や、ISSとの交信のタイミングの調整、ISSへの音声伝送などは通常NASAの担当者が行うのですが、今回はNASAのプログラムではないため、こういった作業を筑波の管制室からJAXAの各担当者が直接おこない、本番直前までギリギリの調整をしていました。
参加した児童の発表資料はISSの星出宇宙費飛行士の元にも届けられました。
終了後の管制室見学。当日のきぼうフライトディレクタは大西卓哉宇宙飛行士が担当。
JAXAだからこそ提供できる「宇宙での学び」の展望
現在、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、子ども達の日常や学習環境も従来と同じものを維持するのが難しくなっています。なにかこのような状況下で新しい「宇宙での学び」を提供するご予定はありますか。
織田:学校の先生方向けに、授業ですぐに活用できる動画・授業資料・指導案をセットにした「宇宙で授業パッケージ」を制作しました。宇宙をきっかけとした学びは好奇心をもって取り組めると思います。パッケージの中の動画を活用して子どもたちが自分自身で学ぶことも可能です。
これからも宇宙と地上を繋いだ授業を展開されていくと思いますが、今後取り組んでいきたい授業はありますか。
-
織田:今回、児童のみなさんは、自分たちの疑問を実際に宇宙で実験・検証することで充実感を得ていました。
「無重力環境でおいしく宇宙食を食べるのに適した食器をデザインしよう」のテーマでは、今回は発表までで終わりましたが、そのアイデアが実際に形となり、宇宙飛行士が使ってみるところまで授業でおこなえたら、と思います。
このように、子どもたちの疑問や学びが学校の中で終わるのではなく、宇宙で検証されたり、実際に活用されたりするような開かれた授業に取り組んでいきたいです。
ISSと日本は9時間の時差があり、学校の授業時間内にリアルタイムで授業をすることが非常に困難な点が課題ですが、宇宙と地上をつなぐ講座を提供できるのはJAXAならではなので、今回のように特別講座やオンライン媒体を活用して、より多くの子どもたちに学びの機会を提供できるような仕組みを考えていきたいです。