ISSで初となる高濃度酸素条件での材料燃焼実験を実施
~有人宇宙探査における火災安全性の確保に向けて固体燃焼実験装置が「きぼう」で稼働~
2022年(令和4年)7月26日
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
国立大学法人北海道大学
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(理事長:山川 宏 以下、JAXA)、国立大学法人北海道大学(総長:寳金 清博)は、微小重力環境における固体材料の燃焼性を地上での試験結果に基づき定量的に評価できる世界初の手法※1の検証を目的として、新たに開発された固体燃焼実験装置(SCEM※2)による燃焼実験(FLAREテーマ※3)を、国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟で2022年5月19日から開始しました。また、ISSで初となる高濃度酸素条件での材料燃焼実験を2022年6月23日に実施した結果を公開(図1)いたします。FLAREテーマは、我が国も参画する月面等への国際宇宙探査(アルテミス計画)に向け、極めて重要な課題である宇宙船内や居住施設内での火災安全性の確保に資するものです。
これまで、宇宙船内等で使用する材料は、米国航空宇宙局(NASA)の材料燃焼性試験基準(NASA-STD-6001)に合格した難燃性を持つ材料を使用することが原則とされてきました。しかし、NASA基準では重力に依存して生じる火炎周囲の対流が材料の燃焼性に与える影響を考慮していないため、月面の1/6 G環境(1Gは地球上での重力加速度)や軌道上の微小重力環境にも対応する、重力による影響を適切に考慮した材料の燃焼性評価手法は確立されていませんでした。また、アルテミス計画においては月面居住施設等の与圧環境として、ISS(大気圧、21% O2)とは異なる低圧・高濃度酸素条件(0.56気圧、34% O2)が検討されていますが、ISSでこれまで用いられてきたNASAの実験装置では、大気圧且つ21%以下の酸素濃度における材料燃焼実験しか実施できませんでした。
FLAREテーマでは、微小重力環境における材料の燃焼性評価手法で用いる地上での燃焼試験方法をこれまでに国際標準化しており、今後その新手法の妥当性を様々な材質の材料を用いた「きぼう」での燃焼実験により検証していきます。また、新たに開発され「きぼう」で稼働したSCEMは、低圧条件や45%までの高濃度酸素条件における燃焼実験を行うことが可能であり、アルテミス計画に対応した雰囲気条件での材料の燃焼特性データの取得が可能となることから、新手法の活用に向けた検証が大きく前進するものと期待されます。
JAXAは、優れた技術的優位性を持つSCEMでの実験を通じ、今後の有人宇宙活動における宇宙火災安全性の確保に貢献していきます。
(補足)
※(a)の画像において、青から赤に変化するにつれて表面温度が高くなることを示しています。
※(b)の画像において、未燃の「ろ紙」試料が緑色なのは、照明用のLEDによるものです。
※(c)の画像は、暗い火炎の輪郭を強調するために画像処理されています。
図1 軌道上での「ろ紙試料」の燃え広がり実験で撮影された画像(雰囲気酸素濃度は34%)と燃焼容器
【関係者コメント】
●国立大学法人北海道大学大学院工学研究院機械・宇宙航空工学部門 藤田 修 教授
(FLAREテーマ 代表研究者)
FLAREテーマに関する「きぼう」利用実験が開始の運びとなりましたこと、心より嬉しくまた興奮もいたしております。FLAREテーマはこれまで約10年の期間をかけて準備してきたもので、その間JAXAの皆様はもちろんですが、国内外大学の共同研究者、NASAや欧州の宇宙機関等の協力があって実現しております。この場を借りて感謝を申し上げるとともに、本テーマの成果を通して、燃焼科学の発展と将来の有人宇宙探査等における火災安全性向上へ貢献してゆきたいと考えています。
【用語解説】
※1 微小重力環境における固体材料の燃焼性を定量的に評価できる世界初の手法
材料の燃焼限界酸素濃度を定量的なインデックスとして与え、国内外で広く活用されている酸素指数法(ISO
4589-2)をベースに、微小重力環境における酸素指数(OI_mg)を評価可能としたもの。酸素指数(OI)や材料の特性値と共に、FLAREテーマにおける地上研究成果を基に制定された、高流速における酸素指数法(ISO
4589-4)で取得されるHOIをインプットデータとして用いることにより、微小重力環境における燃焼限界条件(酸素濃度と周囲流速条件)が予測できます。
- https://humans-in-space.jaxa.jp/kibouser/subject/science/70491.html
- https://www.jaxa.jp/press/2021/04/20210420-1_j.html
※2 固体燃焼実験装置(SCEM)
SCEM(図2)の燃焼容器内に搭載された実験機器にはファンや整流用のハニカムが設置されており、燃焼容器内を循環する流れ場を形成することができます(図3)。整流用ハニカムの間の実験領域には、実験試料となる固体材料を保持する試料カードが設置されます。この試料カードは地上からの遠隔操作で交換されます。試料の一端に電熱線で着火させることにより、試料と平行なガス流中での火炎の燃え広がり挙動をカメラで観察します。ガス流の上流側と下流側に配置されている着火線のどちらを用いるかにより、ガス流に向かって燃え広がる条件(対向流条件)あるいはガス流と同じ方向に燃え広がる条件(並行流条件)の火炎燃え広がり実験を行うことが可能です(図4)。
現在実施されている最初の実験シリーズでは、薄い「ろ紙」(長さ13cm×幅4cm×厚さ0.0125cm)を試料としていす。
図2 固体燃焼実験装置(SCEM) ©JAXA
図3 燃焼容器内部に形成される循環流の模式図 ©JAXA
図4対向流条件と並行流条件における火炎燃え広がりの模式図 ©JAXA
※3 FLAREテーマ(FLARE:Flammability Limits at Reduced Gravity Experiment)
2012年に「きぼう」利用テーマ重点課題区分として採択された、「火災安全性向上に向けた固体材料の燃焼現象に対する重力影響の評価」(代表研究者:藤田 修 教授(北海道大学))。本テーマには、JAXA、NASA、欧州宇宙機関(ESA)、フランス国立宇宙研究センター(CNES)、ドイツ航空宇宙センター(DLR)を含む4カ国、14機関が参画しています。
SCEMを用い、様々な材質・形状の固体材料について酸素濃度や周囲流速などの条件を変えて繰り返し実験を行います。実験で取得された燃焼限界条件を新手法での予測結果と比較し、検証します。