担当者に聞くプロジェクトのバックステージ 災害救助や東京2020オリンピック・パラリンピックを支えた航空機情報共有ネットワーク(D-NET)

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航空技術部門 航空利用拡大イノベーションハブ 災害・危機管理対応技術チーム

航空技術部門 航空利用拡大イノベーションハブ 災害・危機管理対応技術チーム
右:奥野善則(チーム長)、左:小林啓二(主幹研究開発員)

D-NET(災害救援航空機情報共有ネットワーク)のはじまり

まず初めにD-NETとはどのようなものですか。

奥野:地震などの大規模災害が発生すると、まずヘリコプターが情報収集の任務で飛行します。上空から見た被害状況を運航拠点(空港やヘリポートなど)に航空無線による音声通信で連絡し、運航拠点から災害対策本部に電話やFAXなどで送信されます。対策本部では、集まった情報を紙の地図やホワイトボードなどで整理し、救援計画が立案されていきます。D-NETは、これらの情報のやり取りを電子データ化することで、救援活動をより効率的かつ安全に行うためのシステムです。これまで3期にわたって研究開発事業を進めてきました。

まず、「災害救援航空機情報共有ネットワーク(D-NET)」では、ヘリコプターから衛星通信を用いて災害情報や機体の動態情報などを送受信する基本システムを確立しました。
次に航空機、無人航空機、人工衛星など、さまざまな災害情報リソースを統合的に運用することを目的として「災害救援航空機統合運用システム(D-NET2)」の研究を進めました。JAXAの事業を複合的に結び付ることで、より実社会に役立てるための取り組みとなっています。
その後、2018年度から、自然災害だけでなく国家的イベントの整備・警戒にも対応可能な「災害・危機管理対応統合運用システム(D-NET3)」の研究開発に着手しました。

※最近の成果の実用化、製品化については以下をご覧ください。

JAXA | JAXAのD-NETコア技術、「航空機運用統合調整システム」に採用される

D-NETのシステム構成図

D-NETのシステム構成図

D-NETはどのような経緯で開発することになったのでしょうか。

奥野:我が国で初めて多数のヘリコプターが大規模災害の救援活動に活用されたのは1995年の阪神・淡路大震災です。ヘリコプターの有用性が再認識されるとともに、課題も明らかになりました。その後、防災機関を中心にさまざまな取り組みが進められましたが、JAXA(当時はNAL)が関わることはありませんでした。防災分野に関する知識や経験がなかったためです。

2002年のことになりますが、私はJAXAの実験用ヘリコプターの運用責任者で、この設備を有効活用するための研究テーマを探していました。小林さんと学会で話をする機会があり、ヘリを災害対応に有効活用するための研究をしたいと言われ、D-NETの研究を始めるきっかけになりました。
現在、チームのメンバーは10名ですが、そのうち3名は元防災機関の職員です。ヘリコプターと防災という二つの分野に深い知識や経験を持ったメンバーが集まることにより、世界的にも例のない革新的かつ実用的なシステムの研究開発を行うことが可能になりました。

小林さんがD-NETの開発に携わるようになったきっかけについて教えてください。

小林:私は元々、航空機メーカーでヘリコプター開発の仕事をしていました。その成果を活用して、ヘリを防災分野でより効率良くかつ安全に運用するための研究開発を行うため、会社を退職して大学院に再入学していた時に奥野さんと学会で話をする機会に恵まれました。JAXAであれば自分のやりたい研究ができると思い、在学中からアルバイトという立場でJAXAで仕事を始め、大学院終了後、プロジェクト研究員を経て正職員になり、現在に至ります。

D-NETは当初どのような分野に使われ、現在どのような開発が進んでいるのでしょうか。

奥野:D-NETで最初に対象にしたのは消防防災ヘリとドクターヘリでした。理由は、これらのヘリは本来業務が大規模災害時の活動と本質的に同じだからです。
※当時(2012年)の研究紹介についてはこちらからご覧ください。

消防防災ヘリとドクターヘリ1機ずつからのスタートでしたが、それまでJAXA内で開発していたシステムを実運用機に搭載していただけたのは大きなステップでした。現在では、全国全ての消防防災ヘリとドクターヘリがD-NETで情報共有可能になっています。

大規模災害時には、これらに加えて警察、海上保安庁、自衛隊などのヘリも協力して救援活動が行われます。D-NETをより多くの機関に使っていただくためには、これらの機関の本来業務にも有効活用できる必要があったため、D-NET3では警備・警戒機能の開発も行うことになりました。

D-NETのようなシステムは世界的にも例がないとのことですが、なぜそのようなシステムを開発できたのでしょうか。

奥野:主な理由は2つあると思います。
ひとつは組織の特長によるものです。JAXAは国立研究開発法人であり、公的・中立的な立場で多数の政府機関や民間企業と協働することが可能です。これにより、災害対応における技術ニーズを発掘するとともに、様々な技術を組み合わせることでシステムとして実用性の高いものを開発することができました。
もうひとつは、JAXAが実験用ヘリコプターを運用していることです。この設備は研究者が自由に使えるようになっており、世界各国の航空研究機関の中でもこのような環境が整備されているところは限られています。D-NETで新しい機能を開発する際、まずJAXAのヘリで実用性をある程度向上してから消防や警察などの実運用機で評価していただく、という手順を踏めることも優位点になっています。

技術協力~2016年熊本地震~

これまでどのような実災害で協力を行ってきましたか。またどのような苦労があったのでしょうか。

小林:
実災害時の技術協力においては、まずはじめに被災地に「どうやって」「最短時間で」「安全に」必要な機材を持って入るかを考えます。事前に消防庁や現地消防などから必要な情報を入手して準備をしています。

2016年の熊本地震の際には、熊本空港は使用不可となっていたため、羽田空港から福岡空港に入り、福岡空港からレンタカーで熊本県まで移動しました。また、熊本県内では宿泊施設も被害を受けていて予約がとれない状況だったので、佐賀県内に宿を手配。高速道路が使用できなかったので、被災地と宿の移動に片道数時間かかりました。このときは食料などの入手も大変でしたね。

現地では、災害対策本部内のレイアウトは防災計画などで消防関係者が集まる場所、DMAT(災害派遣医療チーム)などの医療関係者が集まる場所、航空関係者が集まる場所などが事前に決められています。一方でJAXAは省庁から技術協力依頼を受けていても作業場所が確保されているわけではありません。被災地入りしてから、現地で活動される防災機関と信頼関係を築きながら徐々に機材の設置場所を確保していきました。

D-NETメンバーは災害対策本部に設置されている「航空運用調整班」で活動します。現地では自分達が迅速に動いて情報収集・状況把握し、D-NETで入力して被災地外で共有すべき情報が何であるか判断する必要がありました。航空運用調整班の班長に状況を確認し、その後災害対策本部全体を見回して、配置やホワイトボードに記載されている内容を把握。共有されていない情報もあると想定して、自衛隊、DMATの方々には時間のない中、個別に簡潔にヒアリングを行う必要もありました。

これまで数回の実災害にて技術協力を行ってきた中で、省庁間の連携におけるD-NETの運用方法がより具体的になってきています。

実際に熊本地震では、D-NETを使ってどのような支援活動をされましたか。

熊本地震では災害対策本部だけでなく、ヘリコプターの運航拠点であるヘリベース(熊本空港)でも技術協力を行いました。震源に近い熊本空港の被害は甚大で、自家発電施設により電気は確保されていたものの、水道施設の復旧には相当の時間を要する状態でした。災害対策本部同様に、ヘリベースにおいても初めは機材の設置場所がなく、朝から晩まで立ちっぱなしの作業となりました。技術協力依頼元の省庁担当者に救難ヘリコプター運航現場の状況やニーズを連絡したり、D-NETシステムを搭載していない応援ヘリコプターに対して空港内の駐機場で持込型のD-NETシステムの電磁干渉試験を実施して応援ヘリコプターを速やかに現場投入するお手伝いなどを行いました。3日目くらいにパイロット、メカニック、レスキュー隊員の皆さまと昼食をご一緒させていただく際に、非常時備蓄用のご飯をごちそうになったのが忘れられない思い出です。

JAXAが被災地で活動することで、災害対応者の方々の作業が増えることは絶対に避けなければなりません。JAXA関係者が消費する食料・水などは被災地にできる限り迷惑のかからない地点で調達するようにしていました。また災害によってはトイレが使用不可の場所もあり、その場合はトイレに行く回数を減らすために食べる量・水分量を調整することもありました。

D-NETメンバーが災害対策本部で活動するのは、基本的には発災から1週間以内です。災害救援活動はさらに長い期間実施するので、我々は災害対策本部が活動している状況下において機材の撤収を行います。撤収を決めたら速やかに作業を完了させるように動きます。一方で災害対応継続中に撤収する際には、「自分達だけ安全な場所に移動して申し訳ない」、「まだD-NETでできる部分があるのでは」、「被災地に我々がいることで返って迷惑になる部分もあるだろうから、迅速な撤収が望ましいだろう」など、とても複雑な気持ちになります。

2016年の熊本地震の際に県庁に設置された災害対策本部

2016年の熊本地震の際に県庁に設置された災害対策本部

熊本県庁災害対策本部における技術協力

熊本県庁災害対策本部における技術協力

熊本地震の際のヘリベースにおける技術協力

熊本地震の際のヘリベースにおける技術協力

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以後、東京2020大会)に技術協力をすることになったきっかけを教えてください。

奥野:D-NET3の事業計画を立案する際(2017年)に、多機関が協力して警備・警戒を行う国家的イベントとして東京2020大会の開催が決まっていたので、そこで使っていただくことを事業目標のひとつにしました。その時点では、どのような技術を開発すればよいのか、どの機関とどのような調整をすればよいのかなど、目標達成までの道筋は見えていませんでしたが、2019年のG20大阪サミットでD-NETを試行的に使っていただくことができ、開発した機能の有効性や改良が必要な点などを明らかにすることができました。

東京2020大会開催時の新国立競技場

東京2020大会開催時の新国立競技場

東京2020大会にあたり、D-NETのシステム自体を改修しましたか?

奥野:D-NETのシステム自体は災害対応用と同じですが、新しく開発した機能は主に2つあります。
ひとつは飛行制限空域を管理する機能です。
国家的イベント開催時には会場周辺に飛行制限空域が設定されます。会場の安全確保が第一ですが、警備や報道などの多数のヘリが密集すると飛行安全上の問題が生じることや、ヘリの騒音がイベントの円滑な運用に影響を及ぼすことなどもその理由です。特に東京2020大会では全国に40以上の会場があり、会場ごとに競技が開催される日時も異なるので、そのような制限空域を管理する機能を開発しました。
もう一つは、航空機の運航計画調整を効率的に行うための機能です。
災害時、特に初動対応においては被災状況の詳細が分からない中で活動するため、ヘリの運航計画も状況に応じて立案されていきます。これに対して警備・警戒では、イベント開催の場所や時間が決まっているため、前日までに制限空域周辺を飛行する全ての航空機の運航計画が調整されます。警備に支障がないか、空域が過密にならないかなど、様々な観点から各機関の運航計画を確認し、必要があれば変更を依頼します。このような業務を効率的に行うための機能を開発しました。

東京2020大会の空域統制所

東京2020大会の空域統制所

東京2020大会でD-NETを運用して、事前の準備や想定と異なった点はありましたか?

小林:東京2020大会が始まるまでにいろいろな場面を想定してプログラムや手順などを考えていましたが、実際にはじまると準備していたことだけでは不十分なことがありました。そこで想定外の状況になってもD-NETを止めるわけにはいかないので、関係者が集まってその場で対応可能な内容を検討し、即実行することもありました。例えば運航計画は、入力された後でも何回か変更されることがあります。1日に登録される運航計画はたくさんあるので、空域統制所において、変更された計画が一目で区別がつくように、名称入力内容にルールを設定することで対応しました。
このような対応は手作業で行いましたが、東京2020大会を通じて得られた課題は、次回以降のプログラム改修に反映して、より使いやすいシステムに改良していきたいと思います。

東京2020大会では政府機関だけでなく民間企業とも協力したと伺っています。災害対応などの事例と比べて難しかった課題やその解決方法を教えてください。

小林:東京2020大会においては、これまでの実災害や防災訓練と異なる任務に従事する方々との調整がありました。政府機関の場合、例えば警察ヘリや消防防災ヘリは警察庁、消防庁がそれぞれ一元的に管理する体制が確立されています。民間事業機の場合は、このような体制がないので、例えば報道の場合、ヘリを運航する会社と機体をチャーターする報道会社が異なる場合があり、双方のご意見を伺って、より良い連携(どこで運航状況をモニターするか、など)を考えなければなりません。ヘリの搭乗者数や荷物の量によってはD-NET機材を運用することが難しいケースもあり、その場合は、最低限の操作で運用評価ができるように機材の設定などを工夫しました。

D-NETのこれから

東京2020大会への協力で獲得した成果や知見、特に今後に役立つと思える技術・運用法などについて教えてください。

奥野:当初の計画では、民間事業機は報道やインフラ監視など、東京2020大会の開催に必要な航空機のみを対象とする予定でしたが、結果的に大会期間中に会場周辺を飛行する多くの民間事業機をD-NETで管理することができました。これによって、飛行制限の影響が最小になり、東京2020大会とは直接関係のない民間事業機も効率的かつ安全な運航が可能になりました。
一方で、当初の計画以上の機体数を扱うことになったため、制限空域の監視や事前の運航計画調整を行う担当者の業務負荷(ワークロード)が大きくなりました。東京2020大会終了後、このようなワークロードを低減するための技術の研究開発を進めています。この技術が実現できれば、ワークロードの低減とともに、見落としなどのヒューマンエラー予防にも繋がり、より実用性の高いシステムになると考えています。

これまでの経験を踏まえ、これからD-NETをどのように開発・運用しようとお考えでしょうか。今後の方向性について教えてください。

奥野:JAXAは防災機関ではありませんので、実災害や警備・警戒への技術協力を無期限に続けるわけにはいきません。実用段階に達した時点で成果を民間企業に移転して製品化し、政府機関や自治体に導入していただいて、自立的に運用していただけるようになることが最終的な目標になります。現在のD-NET3の事業計画は2023年度末までなので、そこが一つの区切りになると考えています。JAXAが開発した技術によって我が国の災害レジリエンス向上に貢献し、安全・安心な社会の実現に繋がることを期待しています。

小林:ヘリなどの有人機にD-NETを活用することについてはある程度達成してきたと感じています。災害や警備・警戒時には今後、ドローン・無人機がますます活躍してくるので、今後はヘリだけでなくドローン・無人機と連携して安全かつ効率的に災害対応が可能となるようにD-NETを発展させていきたいです。
また、災害といった特定のケースだけでなく、平常時からも空を飛ぶ移動体全体を安全に運用するためのシステムにまで拡張し、将来的には空飛ぶクルマともいわれているeVTOLも対象としたシステムに発展させていきたいと思っています。

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