世界に信頼されるチームジャパンの実力 宇宙飛行士 若田光一

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世界に信頼されるチームジャパンの実力 宇宙飛行士 若田光一

日本チームの活躍が誇らしい

— 宇宙飛行士がISSに長期滞在するようになって15年が経ちましたが、日本がISSに参加して得たものは何だと思いますか?

「きぼう」日本実験棟(提供:JAXA/NASA)「きぼう」日本実験棟(提供:JAXA/NASA)

 日本の「きぼう」と「こうのとり」はこれまで大きなトラブルもなく、確実にミッションを遂行してきました。これにより日本の有人宇宙技術の信頼性は高まり、その水準の高さを世界にアピールできたと思います。「きぼう」では、創薬や新素材開発などにつながる実験だけでなく、天文学の分野でノーベル賞につながるような観測も行っています。また、月や小惑星さらには火星へと人類が活動領域を広げていくための技術を獲得するという意味でも、「きぼう」は大きな役割を果たしています。

 ここで忘れてはいけないのは、ISSには日本を含めて15ヵ国が参加しているということです。私たちがISSに長期滞在を始めてから約15年。その前の組み立ての時期を入れると17年以上もの間、各国が協力しながらISSを運用しているということに意義を感じます。国際協力の最大の効果を発揮しているのがISSであり、その活動を通して、日本が世界的にも信頼を得られたことが一番の成果だと思います。

— NASAの現場にいても日本への信頼の高さを感じますか?

ロボットアームに把持された「こうのとり」5号機(提供:JAXA/NASA)ロボットアームに把持された「こうのとり」5号機(提供:JAXA/NASA)

 日本の実験に対する信頼感はいろいろなところから聞こえてきます。昨年「きぼう」に小動物飼育装置や高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET)などが設置されましたが、それまで稼働していた実験装置を含めどれも世界最先端のものばかりです。日本が「きぼう」で行う実験は海外からもかなり注目されています。筑波宇宙センターの運用管制室で実験を支援するみなさんの経験や知識、スキルも含めて、総合的に評価されている印象を受けます。最近は、ISSの微小重力環境を使った実験のリーダーシップをとるような状況になっていると強く感じています。これは一朝一夕でできたものではなく、1992年の毛利衛宇宙飛行士の初飛行から始まった宇宙実験の経験の積み重ねによるものです。20年以上かけて一歩一歩、与えられた機会を最大限に活用し、技術力を高めてきた成果が今現れ、世界からの信頼につながっているのだと思います。

 また日本は昨年の8月に「こうのとり」5号機の打ち上げおよびISSドッキングに成功しました。「こうのとり」は2009年の1号機の打ち上げからすべて予定通りのミッションを遂行しています。特に5号機は、半年の間に米露の3つの貨物機がISSへの補給ミッションに失敗した後の打ち上げだったため、世界からの期待を背負い、かなりのプレッシャーがかかっていたと思います。宇宙のベテランである米露でさえプレッシャーのかかる宇宙機のシステムを運用することがいかに難しいかを、皆が目の当たりにした後で成功させたことは、日本の技術に対する信頼をさらに高め、日本の存在感を増しました。日本のチームが世界の期待に応えて活躍する姿をNASAの現場で見ていて、とても誇らしく感じました。

チームジャパンの一員として

— 若田宇宙飛行士はCAPCOM(通信担当)として「こうのとり」5号機の運用を支援しました。特に印象に残っていることがあれば教えてください。

「こうのとり」5号機の到着に向けてISSで訓練を行う油井宇宙飛行士(手前)(提供:JAXA/NASA)「こうのとり」5号機の到着に向けてISSで訓練を行う油井宇宙飛行士(手前)(提供:JAXA/NASA)

 実は私はこれまで「こうのとり」の運用に携わったことがありませんでした。基礎的な部分の訓練は受けましたが、私が宇宙に滞在している間はたまたま「こうのとり」が来るタイミングはなかったのです。ですから、今回CAPCOMとして「こうのとり」の運用に参加することに特別な思いがありました。中でも、ISSにドッキングしたときのことは強く印象に残っています。ロボットアームで「こうのとり」をISSにドッキングさせる油井亀美也宇宙飛行士。「こうのとり」をISSの真下に誘導する筑波宇宙センターの運用管制チーム。そして、NASAの運用管制室から軌道上のクルーと交信する私。まさに「チームジャパン」でドッキングに挑んだのです。このとき油井飛行士はとても落ち着いてすべての作業を行い、ロボットアームの操作も完璧でした。本当に頼もしいなと思いましたね。その後「こうのとり」5号機は約1ヵ月間ISSにドッキングし、生鮮食料や実験装置などの物資の補給や、不用品の積み込みなどすべてのミッションを確実に終えました。運用はとてもうまくいきましたが、実は小さいトラブルはいくつか起きていました。けれども、その都度、日本とアメリカの管制チームが力を合わせてトラブルを克服しました。筑波の運用管制チームの仲間はどんなことにも動じず、落ち着いて対応していたと思います。チームジャパンが納得いく仕事ができたのは、素晴らしいチームワークがあったからです。自分もそのチームの一員となれたことは、とても貴重な経験だったと思います。

— トラブルにも落ち着いて対応できるなど、チームの能力が上がってきていると感じますか?

 そうですね。ミッションの経験が常に次につながってきていると思います。「こうのとり」の運用管制は、最初の打ち上げからずっと同じ人が行っているわけではなく、世代交代がなされ、毎回、チームに新しいメンバーが入ってきます。今回は4号機の打ち上げから2年近く間が空きましたが、それを全く感じさせない仕事ぶりで、チームワークがしっかりとれていたと思います。それはやはり、ベテランが新人にしっかりとノウハウを伝承しているからです。これは「こうのとり」が継続して打ち上がっているからできることなんですね。世界が認める日本の宇宙技術を後世につなぐためには、宇宙への挑戦を続けることが大事なのだと思います。

— 今回CAPCOMを担当するにあたり、心がけていたことはありますか?

NASA管制室でCAPCOMを担当する若田宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)NASA管制室でCAPCOMを担当する若田宇宙飛行士(提供:JAXA/NASA)

 自分が宇宙で仕事をしているときも、常にCAPCOMの理想像を考えながら作業していましたので、それを思い出しながら、チームとして最大限のパフォーマンスを発揮できるよう心がけました。軌道上のクルーの気持ちを常に確認し、彼らに無理のかからない作業指示を行う。不具合が発生したとしても、最短時間で安全確実にそのトラブルを回避できるよう慎重に考えて指示を出しました。また、今回の「こうのとり」のミッションでは、日本のチームとの強い連携が必要でした。ですから、ミッションの前から、できるかぎりコミュニケーションをとるようにしました。これはどの会社でも、どんな仕事でも同じだと思いますが、成功のカギを握るのはチームの信頼関係および事前の準備です。危機管理の準備が整っていれば、トラブルがあっても完璧に作業できるのです。アメリカと日本は太平洋を隔てた距離にあるけれども、通信手段を駆使してコミュニケーションの機会を有効活用するよう心がけました。ISSの船長(コマンダー)を経験したときと同様、地上管制局の間でもコミュニケーションが大切なんだと改めて実感しました。

日本の強みを活かし存在感を高める

— 日本のチームワークは海外からどのように評価されていますか?

「こうのとり」運用管制室「こうのとり」運用管制室

 日本人のチームワークのよさや責任感ある仕事ぶりは高く評価されています。中でも、「こうのとり」5号機の運用管制チームは素晴らしかったと思います。リードフライトディレクタを務めたのは、ISSとドッキングするときは松浦真弓さん、離脱するときは前田真紀さんでした。2人とも素晴らしいリーダーで、日本のチームからだけでなく、NASAのチームからも非常に高い信頼を受けていると感じましたね。5号機の成功によって、日本の技術力だけでなく日本の運用管制チームの習熟度や行動力の高さも、NASA側にアピールできたのではないかと思います。

 その一方で、日本人は変化を好まない、変化に対する抵抗感が強いと、ISSの運用関係者から指摘されることがあります。アメリカだけでなくロシアやヨーロッパの方からも聞きます。安全性や信頼性を確立しながら進めてきたことを、変化させずに継続するということは間違いではないと思います。けれども、トラブルがあったときや、ここを少し改善すれば作業性が向上するといったときに、現状を見て何がベストかを考えたうえで、勇気を持って変革していくことも大事なんだと思います。私がISSの船長だったときも、トラブルがあった際の対処方法に関して前例を踏襲することを優先しようとして、仲間のクルーから非難されたことがありました。このとき、状況次第で解決策を変えるということを学んだのです。

 現場で耳にする海外からの意見は、当然、必要に応じて日本のチームに伝えています。ここで重要なのは、このような意見を聞く耳を持つということです。無視するのではなく、きちんと聞いたうえで、我々としてはこうしたいと述べるべきなのだと思います。なぜなら、建設的な批判をしてくれるのは、日本に対する高い信頼感があるからだと思うからです。その期待に応えられるよう、日本が世界に果たすべき役割は何かを考えながら、常に改善しようという意識を持つことが大事なのだと思います。

— ISSにおいて日本が目指すべきものは何だと思いますか?

「きぼう」からの超小型衛星の放出(提供:JAXA/NASA)「きぼう」からの超小型衛星の放出(提供:JAXA/NASA)

 日本の役割は、自分たちの強みを活かしながら存在感を発揮し続けていくこと。日本にしかできないことを確実に行っていくことだと思います。その一例が、「きぼう」のエアロックとロボットアームを使って行う超小型衛星の放出です。国内の大学や研究機関だけでなく、打ち上げ手段を持たない途上国などに対しても宇宙利用の機会を提供しています。これは日本が強みとするロボテックスやカメラの技術があったから実現したことです。このような日本の技術は、将来、国際協力のもとで進められる宇宙探査にもつなげていくべきであり、そこは国際パートナーからも期待されていることではないかと思います。例えば、尿を飲料水などへ再生する技術や、二酸化炭素を除去するような環境制御の分野で日本の技術が貢献できるのではないでしょうか。実際に、日本製の水再生装置が「きぼう」で実証試験を行う予定がありますが、これは将来の宇宙探査での実用化も視野に入れています。

 また「こうのとり」を通して培った宇宙機の技術をさらに一歩高める努力をする必要もあります。今は「きぼう」で実験した試料の回収をアメリカやロシアの宇宙船で行っていますが、それを日本の宇宙船で回収できるシステムを確立できれば素晴らしいですね。現在、「こうのとり」の発展型として無人の宇宙往還機の技術検討も進められていますが、それが実現すれば日本の存在感はさらに高まるでしょう。日本の強みは技術だといわれますが、技術は、それを開発する人がいないと発展しません。その人材を維持するためにも、常に新しいものづくりに挑戦していくことが大事だと思うのです。

 そのためにも、国民の皆様にもっと「きぼう」を通して我が国が獲得してきた成果の全体をご理解いただくよう努めていかなければならないと思います。ISSは2024年まで運用することが決まっていますが、あと10年もないわけですから、その優れた軌道上の実験施設を最大限に活用する必要があると思います。より多くの方が「きぼう」を使いたいと思っていただけるように、宇宙を身近に感じて利用できる環境を整えていくことも重要だと思っています。

日本の宇宙技術をアジアのために

— 宇宙をめぐる国際協力についてはどう思いますか?

国際宇宙ステーション(提供:JAXA/NASA)国際宇宙ステーション(提供:JAXA/NASA)

 ISSに関しては日本がアジア唯一の参加国ですから、アジアの中でのリーダーシップを高めていく必要があると思います。日本の立ち位置をきちんと考えて、日本の宇宙技術をアジアのために役立てていく。科学技術創造立国としての日本の役割を果たしていくことで、アジア各国との連携を深め、有人宇宙活動に参加してくれる仲間を増やしていくことが大切です。そのためにも、「きぼう」での活動をもっと知ってもらう努力をしなければなりません。国連と協力して「きぼう」からは途上国の超小型衛星を放出する取り組みを行っていますが、実は、それを知らない国の人が多いと思います。「きぼう」でどのような国際協力に貢献しているかも広くお伝えしていく必要を感じます。たとえばソーシャルメディアを使って海外に積極的に発信していくことなども、効果的でしょう。発信の任務を意識しながら仕事をする、といったような日々の心がけが積み重なり、国際協力にもつながっていくと思います。また、将来の国際宇宙探査に関して日本としての明確な方針をきちんと提示することも重要だと感じています。

— 今後の展望をお聞かせください。

若田光一

 現在、NASAの宇宙飛行士室ではCAPCOMのほかISSの実験を支援する仕事をしています。新しい実験装置の開発、および実験手順の作成に関わる作業です。現在、NASAにおけるISSの運用は、より多くの人にISSを利用していただくため、実験提案者の要望にできるだけ応えるという方針に変わりつつあります。けれども、実際に装置を扱う宇宙飛行士が効率よく作業できるよう、実験の環境を整えることも大切です。直近の目標は、こういった実験利用の取りまとめをしっかり行うことです。一方で並行して、日本から第二第三のISS船長を出していくための努力をしようと考えています。日本の宇宙飛行士の活動をもっと拡大することが、私の重要な任務だと思います。そして、定年前にもう一度宇宙に行きたいですね!米・露・欧では60歳ぐらいの宇宙飛行士がISSで活躍していますので、世界最長寿国の日本としては、彼らに負けない年齢での飛行機会があってもいいかなと思います。そのためにも、現役宇宙飛行士の資質を維持していきたいと思っています。

若田光一(わかたこういち)

若田光一

JAXA有人宇宙技術部門 宇宙飛行士運用技術ユニット 宇宙飛行士

九州大学大学院工学府航空宇宙工学専攻博士課程(工学)修了。1989年、日本航空株式会社に入社し、機体構造技術の開発などに従事。1992年4月、NASDA(現JAXA)の宇宙飛行士候補に選ばれ、約1年間の訓練を経て、1993年、NASAよりミッションスペシャリスト(MS)として認定される。1996年、日本人初のMSとしてスペースシャトル(STS-72)に搭乗。2000年、2度目のスペースシャトルによる飛行(STS-92)でISS建設に参加。2009年、第18/19/20次長期滞在ミッションにフライトエンジニアとして搭乗し、日本人初の国際宇宙ステーション長期滞在を行う。2010年、JAXA宇宙飛行士グループ長就任。2010年~2011年、NASA宇宙飛行士室ISS運用ブランチ・チーフ。2013年11月より第38/39次長期滞在クルーとして約半年間ISSに滞在。第39次長期滞在においては、日本人初となるISS船長に就任。

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[ 2016年2月25日 ]

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