航空機に影響を及ぼす気象現象を予測

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航空機に影響を及ぼす気象現象を予測 DREAMS プロジェクトチーム 気象情報技術セクション 又吉直樹

後方乱気流の予測で離着陸の間隔を短縮

— 気象情報技術とはどのようなものですか?

後方乱気流(提供:NASA)後方乱気流(提供:NASA)

 航空機の運航は気象現象により大きな影響を受けます。DREAMSプロジェクトでは、後方乱気流と低層風擾乱によるリスクを予測し、その影響を低減するための技術を開発しました。後方乱気流とは、航空機が飛行する際に翼の後方に発生する渦のことで、竜巻が水平に10km以上伸びていると思ってください。後方乱気流はその場に2~3分間残っていて、その中に後ろから来た航空機が入ってしまうと操縦不能になるなど非常に危険です。一方、低層風擾乱は、空港周辺の地形や建物によって滑走路上の気流が急激に変化し、風の急変や乱気流が発生することをいいます。風が急変すると、航空機の着陸をやり直す着陸復行(ゴーアラウンド)をしたり、降りられなくて引き返すことがあります。

— 後方乱気流のリスクを予測するとはどういうことでしょうか?

後方乱気流の予測に基づく航空機感覚知識の概念
後方乱気流の予測に基づく航空機感覚知識の概念ZOOM

後方乱気流の計測。手前にある装置がライダ後方乱気流の計測。手前にある装置がライダ

 後方乱気流の渦の強さは、航空機の重さによって変わります。現在、大型機の場合、後方乱気流が消えるのを待つため、約2分の間隔を空けて離着陸することになっています。この2分というのは余裕をもった時間で、実際には周辺の気象条件によって渦の消え方が変わります。例えば、風がない時は渦が消えるまでそこに留まりますが、横風が吹いていると、渦が横に移動して着陸の経路上からはずれます。そうすると、後続機は2分よりも少ない間隔で着陸できることができます。私たちは、気象条件に応じて変化する後方乱気流の動きを予測し、後続機の安全な間隔を自動的に算出するシステムを作りました。航空機の需要は年々拡大していて、特に混雑する空港では離着陸回数を増やしたいという要望があります。後方乱気流がいつ消えるかを予測して、離着陸の間隔を短縮できれば、今よりも多くの航空機の離発着が可能になります。

 予測モデルの構築にあたっては、成田空港に空中の風の分布が測れるライダ(光レーダ)を設置し、3320回の離着陸機の後方乱気流を計測しました。乱気流の渦がどのように消えるか、どのように流されていくかといったことを観測し、同時に取得した気象データと組み合わせます。それにより、どんな気象条件の時に、後方乱気流の挙動がどうなるかといった予測モデルを構築していきました。後方乱気流の観測はほかの国でも行われていますが、これほど大量のデータを予測に使えるほどの高精度で取得したのは世界でも例がありません。

— 後方乱気流の予測により、離着陸の間隔をどのくらい短縮できそうですか?

 国内の混雑空港を対象にシミュレーションしたところ、現状の離着陸の間隔を平均で12.7%短縮できることを確認しました。ただしこれは、RECATという別の手法との併用を前提としています。現在、航空機の離着陸の間隔は、航空機の重さを3区分して決められています。それをもっと細かく、6区分にしようというのがRECATです。ICAO(国際民間航空機関)では、後方乱気流に対する管制間隔の見直しを検討中で、RECATを規格化しようとしています。このRECATに、気象条件に応じて航空機の間隔を短縮するDREAMSの技術を組み合わせれば、より大きな効果が生まれるのです。

 また、離着陸の間隔を短縮することができれば、空港が混雑する時間帯の遅延を減らすこともできると考えます。例えば羽田空港の場合、朝と夕方は便が集中し、通常の空港容量の1割増しぐらいの便数になっています。10%間隔を短縮できれば遅延をなくし、予定通りの運航が可能になると思います。

気流の変化を予測し安全な着陸を支援

— 低層風擾乱については、どのような技術を開発したのでしょうか?

LOTASのレーダエコー画面
LOTASのレーダエコー画面ZOOM

 着陸時のゴーアラウンドの原因のほとんどは風ですが、実は、着陸直前の上空の風の情報はパイロットに伝わっていません。空港にある風向風速計が滑走路の風を測定していますが、着陸から1分程前の高度150mあたりの風は計測していないのです。しかし、より安全な着陸を行うため、パイロットは特に最後の1分間の風の情報を欲しがっています。そこで私たちは、気象観測センサを使って、低層風擾乱が航空機にどのような影響を及ぼすかを予測し、事前に機上のパイロットに危険性を警告するシステム「LOTAS(Low-level Turbulence Advisory System)」を開発しました。LOTASは、着陸進入経路上の風の擾乱の様子や、10分後の予測データを機上のパイロットや空港の運航支援者に伝えます。また、このシステムは、ACARS(Automatic Communications Addressing and Reporting System)と呼ばれる大半の旅客機に装備されている通信装置で情報を機上に送りますので、航空管制官が口頭で伝える必要はありません。管制官の負担を増やすことなく、滑走路への最適な進入タイミングを判断することを支援します。

— なぜ10分後の予測データなのでしょうか?

山形県庄内空港に設置したLOTASの気象観測センサ(手前がライダ、奥がレーダ)山形県庄内空港に設置したLOTASの気象観測センサ(手前がライダ、奥がレーダ)

 便数の多い空港では難しいですが、地方空港の場合は便数が比較的少ないため、着陸進入経路に風がある場合は、上空でグルグル回って待機しています。その待機しているところから着陸するまでが約10分なのです。10分後の風の擾乱の状況を予測できると、上空で待機している航空機に、いつだったら降りられるという着陸のタイミングの判断を支援することができます。LOTASの検証は、全日本空輸株式会社の協力のもと山形県の庄内空港で行いましたが、90%以上のパイロットがLOTASの情報が有効だと答えました。実はこの10分後の予測というのには、観測装置による制約もあります。大型のセンサを使えば観測範囲が広く20分後の予測も可能でしたが、LOTASではあえて小型の観測装置を使いました。離島など風の影響を受けやすい空港は地方に多いですが、それらの空港は地元の自治体が管理しています。そのため、大型よりも安価で入手しやすい装置を選びました。

スピンオフで航空機の安全な着陸を支援

— LOTASの実用化に向けた課題は何でしょうか?

 このシステムを導入したときにどのような効果があるかという事例を数多く集めることです。例えば、滑走路への進入のタイミングをうまく計ることで、どのくらいゴーアラウンドが減り、どれだけの燃料が節約できたというように、効果を定量的に示す必要があると思います。そのために、まずは既存の観測装置を使って実績を積みたいと考えています。

 その具体的な取り組みが、気象庁と共同で開発をしている空港低層風情報「ALWIN: Airport Low-level Wind InformatioN」です。LOTASの技術を気象庁に技術移転(スピンオフ)しますが、ALWINでは、気象観測センサの代わりに、成田など一部の空港にすでに設置されている空港気象ドップラーライダとドップラーレーダを使います。このライダは、マイクロバーストという極端な風の変化を検知するために設置されています。事故防止のために導入されたライダを、日常運航を支援するためにも使うのです。ALWINは2016年4月からの実運用をする予定で、その準備を進めています。

— 今後の展望をお聞かせください。

又吉直樹

 後方乱気流の方はまだ基礎的な技術の開発で、航空管制との連携など課題が残されています。プロジェクトの目標は航空機の離着陸時の間隔を今より10%短縮することでしたので、その目標は達成できました。しかし、それで終わりにするのではなく、引き続き、電子航法研究所など管制を専門とする機関と研究を続けていければと思います。一方、低層風擾乱の方は実用化できるところまで来ましたので、大きな達成感を感じています。2016年4月からの運用に向け、気象庁への技術移転を確実に行い、しっかり支援を行っていきたいと思います。そして、それが将来的に、LOTASの地方空港への導入につながればと期待しています。

又吉直樹(またよしなおき)

又吉直樹

JAXA航空技術部門 DREAMSプロジェクトチーム
気象情報技術セクションリーダ

1997年、東京大学大学院工学系研究科航空学専攻修士課程修了。同年、航空宇宙技術研究所(現JAXA)に入所。航空機の飛行力学、航空交通管理に関する研究等に従事。2008年、英国リバプール大学リサーチフェロー。

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[ 2015年4月1日 ]

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